藤井聡太時代に待った! 道産子A級棋士・広瀬章人八段に迫る㊥
打倒・天才を目指す一流棋士の一日の過ごし方
将棋界は現在、一人の大天才を中心に回っている。藤井聡太七冠、20歳。しかし、そこに勇敢に立ち向かう北海道出身の棋士がいる。広瀬章人八段、36歳。昨年度は竜王戦で挑戦者となり、これまで7番勝負では4勝1敗が最低成績だった絶対王者に初めて2つ黒星をつけた。名人への挑戦権を争う順位戦では、最上位の10人しか戦えないA級に10期連続で在籍する。打倒・藤井の1番手集団にいる実力者に、今後の目標や対局までの過ごし方、2歳の子どもと過ごすプライベートまで、余すところなく話を聞いた。全3回連載の2回目は、一流棋士のタイムスケジュールに迫った。
家庭を持ちながら将棋と向き合う
月に数回の対局日。持ち時間が長い棋戦では、午前中から深夜まで、もしくは2日がかりで熱戦を繰り広げることもある。広瀬八段は勝負の一日を、どのように過ごすのか。
「持ち時間によっても変わるんですけど、午前10時開始のときは、7時に起きます。子どもが起きていないときは、先に自分の支度を整えて、ご飯を先に食べます。妻が8時すぎに子どもを保育園に送りに行くので、それまでは自分が子どもを見たりしています。朝ご飯はだいたい、パンと目玉焼きと野菜です。妻と子どもが家を出た後に自分も電車で対局に向かいます。9時ぐらいには将棋連盟の近くの喫茶店にいるようにしていますね。そこでは新聞を持っていって読みます。流し読み程度ですけど。ニュースを眺めながら、ぼんやり将棋のことを考えている感じです。だいたい9時45分までには将棋連盟に着いています。若手の頃は結構ギリギリについていたんですけどね。自分も18歳で棋士になったときは考えていなかったですけど、だんだんいろんなことを経験して、15分から20分前には着くようになりました」
対局後の食事会はクールダウンの場
対局には勝敗がある。長時間に及ぶ頭脳戦の末、敗れたときの悔しさは想像もつかない。しかし意外にも、感想戦終了後は対局者同士で食事に行くこともあるという。
「終わった後は一緒にどこかに行く人がいるかどうかによって変わってきますね。何なら、対戦相手と食事に行くこともありますし、観戦記者の方と行くこともあります。コロナ前はむしろ行くのが当たり前みたいな感じでした。クールダウンにもなるので、自分はどちらかというと行きたい派ですね。行きつけの飲み屋で。僕は全然お酒は飲めないんですけど、人によっては結構飲んでいますね。将棋の話はしない人が多くて、雑談ですね。将棋界の内部の話です。日付が変わる前には帰ります」
朝は詰め将棋から 「野球でいうキャッチボール」
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野球やサッカーと違い、将棋のプロには〝全体練習〟がない。数人が集まって自主的に行う研究会などはあっても、参加するかは自分次第だ。広瀬八段は自身の棋力を高めるため、どのように日々研鑽を積んでいるのか―。
「対局がない日は、午前7時から7時半の間には起きます。独身時代は8時くらいでしたけど、子どもができて早くなりました。自分が保育園に連れて行く場合は、8時までには出発の準備を終えています。妻もフルタイムで仕事をしているので、分担しながらです。その後は9時ぐらいまではフリータイムで、コーヒーを飲みながら新聞読んだりして、だいたい毎日9時から9時半くらいに(将棋の)勉強を始めます。朝は詰め将棋からですね。すごく簡単なものにしています。野球でいうとキャッチボールが基礎だと思うんですけど、本当にそういう感じで、自分は5手詰めから。5手詰めをたくさん解いて、あとは15手ぐらいまでを朝にやっています。15手でも盤面の限られたスペースを使う15手と、全体を使う15手で全然(難易度が)違うんですけど、だいたい狭いエリアで収まるものが実戦形と呼ばれていて、実戦でもよく出やすいので、簡単でもありトレーニングにもなる。その後に盤を使って、棋譜並べっていうんですけど、前日に行われた将棋を並べてみたりして、だいたい午前中が終わりますね。昼ご飯は妻とどこかに食べに行くか、一人で食べに行くかですね。妻が何時までリモート会議をしているかによります(笑)。行けるときは一緒に行きますね。午後1時前後に帰ってきて、また勉強ですね。長ければ5時過ぎぐらいまで。子どもが帰ってきたら、起きているうちは将棋はやりません。子どものことを見ながら、ご飯を食べてお風呂に入れて、子どもがちゃんと寝るまでは一緒にいます。お風呂は自分が担当のことが多いですね。ご飯の準備もやりますし、休日は近所の商業施設に遊びによく行きます。歩けるようになって、公園だったり、散歩に行くこともこれから増えそうです」
家族で旅行へ行く以外、完全なオフはつくらない
対局がない日でも、一日6時間以上は将棋に使っていることになる。一流棋士に、休みはないのだろうか。
「オフの日はイコール研究の日みたいな感じですね。全くゼロの日は家族で旅行に行くときぐらい。今はスマホで、ライブでやっている将棋も見られるので、そういうのを見ているのも入れれば、完全なオフはないですね。将棋ファンと同じような感覚で、趣味で見ているようなところもあるんですけど。仕事ではあるんですけど、休んでいる時間もありますし、ジムで筋トレしていることもあるんです。それも含めた自由時間という感じで、すごく集中しているわけではないことも多いです。本番であった局面などをしっかり考える研究はまた別の時間。家の性能の良いパソコンを使って集中して考える感じなので、それは別物ですね」
子育てとの両立でメリハリがついた
2020年には、子どもが生まれた。広瀬家は共働き。当初はコロナ禍もあり、子育てと研究の両立に悩んだ時期もあったが、22年度は全棋士の中でもトップレベルの好成績を収めた。
「そのさらに1年前(21年)があまりにも冴えない成績で、それは自分の中では原因がはっきりしていて、子どもが家にいると、いくら妻が育休を取ってくれているとはいえ、どうしても気になってしまって集中できる感じではなかった。そこから引っ越しをして、子どもが保育園に通うようになってから自分の時間が増えるようになって、それが大きかったのは間違いないですね。そうは言っても、子どもが生まれる前と比べたら一人の時間はないですし、やっぱり子どもを見ていると疲れてしまうので、勉強時間でいえば減りました。でも、その分メリハリがついた。成績が良くなったのは、たまたまって言ったらあれですけど、作戦面でちょっとだけ工夫しているところがうまくいったという感じです。周りの方はどう思っているか分からないですけど、自分はそう思っています。やっぱりA級棋士は独身が多いですからね。同世代のお父さんに、いい刺激を与えられたらとは思いますね。子育ての大変さは、経験してみないと分からない」
同世代のパパの希望の星として、これからも棋界で輝き続けるつもりだ。(続く)
【藤井聡太時代に待った! 道産子A級棋士・広瀬章人八段に迫る㊦】
【藤井聡太時代に待った! 道産子A級棋士・広瀬章人八段に迫る㊤】