コンサドーレ
2023/10/16 17:00

《元赤黒戦士の現在地・岡山一成後編》2011年札幌ドームの最終戦を思い出すと心が揺れる 大分トリニータ編

J2大分でコーチを務める岡山一成さん(撮影・工藤友揮)

11年のJ1昇格を支えた岡山劇場 OB会への熱い思い

 北海道コンサドーレ札幌に33歳のベテランディフェンダーが加入したのは2011年6月、J2で10位に位置していた時だった。「元赤黒戦士の現在地」後編では、岡山一成さん(45)の加入後から怒濤の快進撃を見せ、最終節でJ1昇格をつかみ取った11年シーズンにクローズアップ。後半部分ではOB会についての熱い思い、札幌サポーターへのメッセージも語った。(以下、敬称略)

札幌加入のきっかけは石崎元監督と三上GM

 岡山は2シーズン所属した韓国1部・浦項スティーラースを退団し、11年は無所属のまま幕が開けた。3月11日に発生した東日本大震災の支援活動に携わりながら所属チームを探していたところへ札幌から練習参加の話が来た。きっかけをつくったのは川崎、柏で指導を受けた当時の札幌の指揮官・石崎信弘監督(65、現J3八戸監督)と当時強化部長を務めていた三上大勝代表取締役GM(52)だった。

 石崎監督が就任した09年に自ら「逆オファー」を出した際はかなわなかった。しかし、浦項を退団した後の韓国での活躍を知った三上GMのおかげで入団テストを受けさせてもらえることになった。そこで見事に合格し、「石さんにも感謝ですし、あのとき三上さんが『もう岡山はいいよ』って言われていたらそれで終わった。本当に札幌のために最後、自分の持っているもの全て懸けようと思いました」と感謝する。

初のベンチ入り時から儀式は始まった

 11年6月22日から札幌の練習に参加し、同29日には入団発表。7月9日に札幌厚別で行われた愛媛戦では初のベンチ入りを果たした。そしてこの試合から、ある〝儀式〟が行われるようになった。試合前の練習終了後、ロッカールームへ引き上げる途中で札幌ゴール裏の応援席へ出向き、大声でその時々のメッセージを伝えながらサポーターを鼓舞していくという〝岡山劇場〟だ。

チャントの歌詞を変えて一体感

 劇場は毎回、「スティング」というチャント(応援歌)を歌って締められていたが、あるときから岡山の発案で「♪行け札幌 〝仲間〟信じ 最後まで戦え」と歌詞の「勝利」の部分が「仲間」に変更された(所属した12年まで使用)。当時の心境を「無我夢中でした」と振り返るが、「仲間」を強調したことで、選手とサポーターが一体感を持てたことは間違いない。

2011年7月31日のFC岐阜戦。 厚別4連勝を飾り、サポーターと一緒に喜ぶ岡山(左から5人目)と札幌イレブン

 

1試合平均勝ち点2を積み上げてついに首位浮上

 メンバー入りの有無にかかわらず、時にはアウェーにまで駆けつけて行われた岡山劇場。チームの雰囲気も良くなり、この愛媛戦から札幌の快進撃は始まった。最終戦一つ前の湘南戦までの23試合の成績は15勝1分7敗。1試合平均の勝ち点が「2」という驚異的な追い上げを見せ、9月21日のホーム東京V戦の勝利後にはついに首位まで浮上した。

 成績が急上昇しこともあって、当時の札幌サポーターの中では岡山の効果を信じて疑わない人が多かった。リーグ戦の出場は5試合にとどまったが、その存在感は大きかった。「本当に自分の持っている全てを出したというだけ。僕だけではなくて、それをみんなが出して、その結集された力というのがやっぱりすごかった」と、ファン、サポーターを含めてチームとして大きな力になっていたという。

 「選手からもらうパワーもあれば、サポーターからもらうパワーもすごかったし、ドームからもらうパワーも、厚別からもらうパワーも、また違うパワーとしてすごいなと思いましたし、アウェーのサポーターからも北海道という遠いところから駆けつけてくれるからこそ感じる思いもありました。その時々のパワーが全部、重なりましたよね」と、結果も伴っていったことで徐々にその力は増大していった。

2011年12月3日、FC東京との最終戦。サポーターへの挨拶で音頭を取る岡山(中央)

 

最終節は会場全体が一つとなり、全てが札幌の力となった

 12月3日、FC東京との最終戦。札幌に関わる全ての人の思いが集結し、シーズンで最も大きなパワーが生み出された。J1昇格圏内の3位にいた札幌は、4位の徳島と勝ち点65で並び、得失点2差で上回っていただけだった。札幌ドームはクラブ史上歴代2位となる3万9243人の観衆で超満員となり、すでにJ2優勝を決めていたFC東京との戦いに挑んだ。「札幌ドームに入った瞬間の臨場感がすごくて。僕の中ではあれだけ一つの塊として相手選手を威圧して札幌の選手を後押しした一体感は、もうこれ以上は味わえないと思えるぐらいすごい感覚でした」と舌を巻く。会場全体が一つとなり、全てが札幌の力となった。

 札幌ドームが揺れ、岡山も奮い立った。「今でも思い出すと心が揺れる、高揚するっていうぐらい忘れられないですね」。後押しを受けた札幌は内村圭宏(39)の2ゴールで2-1の勝利。同時に徳島は敗れたため、最後のJ1切符は札幌が手にした。

昇格を決めた瞬間は同士・河合主将のもとへ

 試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、岡山は当時のキャプテン・河合竜二(45)のもとへ駆け寄り、抱擁を交わした。「選手キャリアの晩年。昇格にチャレンジできるのもそんなにチャンスは無いし、このチャンスを逃したらもう引き際かな、というぐらいの思いだった」と覚悟を決めていた。

 札幌に来て、「一緒にやろう」と受け入れてくれた河合は同世代。同じ思いを持った同志のような気持ちで戦ってきた。「竜二は選手のときから札幌全体のことを考えていたので、ここでJ1に上がらないと北海道のサッカーが盛り上がらない」と、重圧を感じていたのを知っていた。念願はついに成就され、「竜二のプレッシャーが歓喜になった瞬間、やっぱり竜二のもとに行って喜び合いたいなって」と、自然に足は動いた。
 

2011年12月3日、FC東京との最終戦。J1昇格を決め、喜ぶ岡山(中央上)と札幌イレブン

 

OB会の立ち上げに関わった同士への感謝

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