投手転向の姫野優也 1軍登板なく戦力外 トライアウトに向け恩人・中田から激励
千葉・鎌ケ谷の球団施設で通達
日本ハムの姫野優也投手(26)が3日、千葉・鎌ケ谷の2軍施設で、球団から来季の契約を結ばないことを伝えられた。「覚悟はしていました」と冷静に受け止め、「最後、ワンチャンスに懸けてみようかなと思っています」とトライアウト受験を明言した。
「こんな僕を拾っていただいた球団には感謝しかないです。その気持ちは最後に伝えさせていただきました。決して誇れる成績ではなかったですけど、8年間ここまでよくやってこられたなと思います。終わってみれば、あっという間。僕は野手5年、ピッチャー3年。投手転向っていう誰もができない経験をさせていただいた。挑戦、挑戦の毎日でした」
自身もファンも抱いた夢 21年に外野手から投手へ
15年のドラフトで大阪偕星学園高から8位で入団。当初は外野手として打撃を磨き、18年には1軍で2試合に出場した。しかし、プロの壁は高く「何でみんな打てるんやろ、何で俺はバットに当たらんのやろ」と悩む日々だった。
21年4月に、球団から投手転向の打診を受けた。強肩が武器で、投げることが好きだったこともあり、同6月に決断。150キロを軽々超える直球は、ファンに大きな夢を抱かせた。
忘れられないシーン 投手初実戦でいきなり155キロ
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最も印象に残っている試合は、鎌ケ谷での〝投手デビュー戦〟だという。21年9月8日のイースタン・リーグ巨人戦。いきなり最速155キロを3球も計測し、1回を無安打無失点に抑える衝撃の初登板だった。「人生の中で一番、注目を浴びたんじゃないかな。思い出あります」と懐かしそうに振り返った。
悔やまれる昨年3月のオープン戦 新庄監督の期待に応えられず
苦い思い出も心にある。新庄監督が就任した22年のオープン戦。3月16日、西武戦の先発に抜てきされたが、1回3安打2四球5失点と乱れた。「せっかく監督がチャンスをくれたのに、あそこでつかめなかった自分がいた。もどかしさっていうか、そこは力のなさ。本番に弱いなって思います」と悔しさをかみ締めた。
恩人の巨人・中田からは「頑張らなあかんな」
「兄貴」と慕う元チームメートの中田(巨人)には電話で報告した。トライアウトに挑むことを伝えると「そこに向けて頑張らなあかんな」と励まされた。4年前からオフに合同で自主トレを行うなど、公私でサポートを受けた恩人だ。
「僕の中では本当に、面倒見のいい兄ちゃんって感じなのかな。何かあったら相談していたし、なぜかあの人と会ったら力が湧いてくる。頑張ろうって思わせてくれるんです。球団が変わっても何かあるごとに『姫、ゴルフ行くか、飯行くか』って気にかけてくれて、僕にとってはかけがえのない存在です」と力を込めた。
胸にこみ上げる両親への感謝の念
チームメートやスタッフ、支えてくれた全ての人に感謝している。その中でも、両親への思いは特別に大きい。「高校、中学と、僕は結構、迷惑をかけた。それでも今まで、お母さんもお父さんも、よく支えてくれたなって思います。そこは電話で、ありがとうと伝えました」。トライアウトは、ありがとうの思いを形にする舞台でもある。恩返しの気持ちを胸に、全身全霊で右腕を振る。