【アーカイブ・2020年連載企画】逆境を乗り越えよう⑩ 大黒摩季㊦ 歌という名の子供に救われた
特別企画「逆境を乗り越えよう」。今回は前回に引き続き、道産子アーティスト・大黒摩季(50)が自身に降りかかった悲しい試練を語る。苦しみ抜いた先に見つけた答えとは-。絶望を乗り越えた情熱のシンガー・ソングライターが、道民への熱いエールを届ける。(聞き手・近藤裕介)
(本連載企画は2020年に掲載されたものです)
病気治療と不妊治療の影響で
重度の子宮疾患で2010年から6年間、アーティスト活動を休んだ大黒摩季。病気活動と並行して行った不妊治療が、事態をより複雑にした。
「不妊治療ではエストロゲンを増やして卵子を増産する。でもエストロゲンは子宮腺筋症の餌。不妊治療をすると病気が大きくなる。休んで病気を縮める。縮まったらまた不妊治療をするという繰り返し。ずーっとホルモンをいじくり倒して、自分の性格も分からなくなった」
幸せな家族の姿に涙
結局、子供を授かることはなかった。なぜ、自分ばかりこんな目に遭うのか。神様はいない。自暴自棄になる日々が続いた。
「自分の子宮が変形していて、受精卵が一瞬くっついても子宮の耐久力がなく流産してしまう。かわいいかわいい受精卵という名の子供を、自分の体が命を奪ってしまったんじゃないかって思ってしまう。誰とも会いたくなかった。幸せな家族の声を聞くのもつらかった。公園でどこかのお母さんが子供に怒鳴っていたりすると、それを見ながら『それでもあなたは幸せよ』って、ぽろぽろ泣けてくる。自分なんていなきゃいいのに、なんで私は生まれてきたんだろう」
もう一人の大黒摩季に応援されている
どん底にいた大黒に手を差し伸べたのは、自らが生んだ”歌という名の子供たち”だった。休養4年目。初めて自身の曲をすべて聴き直し、落ち込んだ心奮い立たせた。それは、これまでの大黒の曲に励まされてきたファンと同じ場所に立てた瞬間でもあった。
「お客様に対していつしか高いところからの応援歌になっていた。自分でもいささか最近、歌詞にリアリティーがなくて、普遍的な歌詞ばかり書いているなって気付いてはいた。自分の曲を聴いて、もう一人の大黒摩季に応援されている気持ちになった。『これだったのか?』と。大黒摩季が帰ってきた瞬間はそこなんだと思う。休みの後半は、大黒摩季っていいなって自分で思いました(笑)」
今の自分がベスト
15年に子宮全摘の手術を受け、16年に復活。自分の曲を聴く人の気持ちが、逆境を経験したことでよりリアルになった。だからこそ、今の自分がベストだと胸を張る。
「よく応援団長みたいに言われるんですけど、理想だったり目標があって、すぐくじけちゃう自分を鼓舞しているだけなんです。高いところから誰かに頑張ってねって言っているつもりはない。自分への応援歌を書いている。それをみなさんが聴いて”私”の応援歌に変えてくれる」
「どんな長い夜にも朝は来る」
今、新型コロナウイルスが猛威を振るい続けている。「せん越ながら皆様にメッセージを送るとしたら-」。そう言って、大黒は(20年)5月27日に配信リリースされる新曲「OK」の一節を口ずさんだ。未知の敵と闘うすべての人を想い、もともとあった歌詞を書き換えた、優しいメッセージソングだ。
どんな長い夜にも朝は来る
凍える冬にも春は来る
折れた枝からは新芽が出る
私にも あなたにも 光は降ってくる
「ワクチン、治療薬の背中も見えている。永遠なる戦いでも永遠なる我慢でもない。もうひと踏ん張り頑張りましょう! 世界中が一丸となって。(コロナ渦は)北海道で例えれば、今は雪まつり前の一番、猛烈に寒いとき。そのあと、ちょっとぐちゃぐちゃするけど、まぶしいキラキラの春が来て、ピッカピカの夏が来る。冬が長いだけ。ジタバタせずに、最後の極寒のときをみんなで耐えよう。凍死しないように温め合って。そこを乗り越えれば、光は100%降ってきますから☆」
■岡江さん、志村さんの命無駄にしない
新柄コロナウイルス感染症による肺炎のため亡くなった岡江久美子さん。大黒は「はなまるマーケットでお世話になったこともあって、すごく悲しい。素敵な方だった」と無念さをにじませながら、個人を悼んだ。
大切な人の命を無駄にはしない。「志村けんさんもそうですけど、自分でどうしようもない絶望ってこういうこと。そういう危険、恐怖を全国民が思い知ったと想う。人って痛みがなければ、気付けない生き物。二人の命に感謝して、踏みしめて生きていくしかない」。
悲しみからもらった教訓を胸に、前を向いて今できることに全力を尽くすつもりだ。
(2020年5月19日掲載)