《浦和戦後》サッカーというものを文化に変えていくために必要なこと
■J1第34節 札幌0-2浦和(12月3日、札幌ドーム)
―試合を振り返って
きょうの我々は0-2で敗れたが、浦和は素晴らしいパスサッカーで、非常にこれまで見たことのないようなコンビネーションで勝利したんじゃないかと思う。たくさん我々を崩してチャンスをつくっていたのではないでしょうか。まあ冗談だが。浦和を私が率いていた時代はそういうゲームがよくできていたのではないかなと思い出せる。そうでしたよね。
やはり、PKの判定で失点するまではしっかりと我々がゲームをコントロールできていたと思うし、我々がボールを支配しながら相手を追い込む展開はつくれていたのではないか。ハンドの判定でPKになったが、シーズンを通してハンドの判定は何がハンドで何がハンドではないのかというのはレフェリーの裁量によって変わるというような見解を私自身は持っている。そういう意味では、今日の試合もあの状況でハンドでPKになったが、他の試合の同じようなシーンでは、それがハンドじゃなかったり、あるいはハンドであったり、レフェリーの判定というのが分からなくなっている。
なぜあの時、レフェリーがPKの判定をして、その後にVARが介入して、どういうやり取りが行われていたかは分からないが、VARの方がレフェリーの判定を尊重していたのであれば、介入する必要がなかったわけで。介入したのであれば、もう一度チェックしてほしいという状況で、それがハンドかハンドじゃないかという判定をしてほしかったのか、それ以外なのかは分からないが、非常にゲームの展開を左右する判定であったのは間違いない。
中村桐耶が相手陣内のペナルティーエリアの中で倒れたシーンはおそらく相手選手との接触があって倒れたのではないかと私はみたが、ただ、そこはVARの介入がなく、そのまま流れたというシーンだったが、少なくとも、もう一度チェックしてもおかしくないシーンではあったと思う。
0-1までの展開は決して我々は悪い試合をしていたとは思っていない。むしろゲームをしっかりとコントロールしながら我々のゲームを進められていたと思う。中村桐耶が倒されたシーン、あるいは青木がヘディングをしたシーン、それ以外にも何回か得点できるチャンスがあったと思うが、なかなか今日は決める事ができなかった試合だった。1点目を失点してからは、ほぼ試合が決定したなというような試合だったし、試合を通して選手たちは非常に強い気持ちを持って、勝つという姿勢を見せてくれた。
―12位でフィニッシュしたが今季を振り返って
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決して望んでいた結果が出たシーズンではなかった。前半は26ポイント取って、比較的良い流れでシーズンを戦うことができていた。ただ後半に入って、なかなか自分たちが思ったような結果が出せなかった。終盤に入って3試合くらいは非常に良い戦いができて結果も出せたが、ただ後半に入ってからは自分たちの良い戦いができなかった。
私は66歳。あなたはまだ私より若いジャーナリストだと思いますけど、私はプロの世界で49年間生きてきているが、あなたが今したような質問というのは、バイエルンミュンヘンやレアルマドリッドやバルセロナや、神戸や、マリノスや、浦和や、セレッソや、そういうチームと違い、札幌、湘南、横浜FCといった中堅からさらに小さいクラブというのは現実的にはやはり残留するというのが、あるいは真ん中の順位にいるというのが妥当な順位ということだ。それはこのサッカーの世界では現時的な話であり、我々は高い目標を掲げているが現実的にはこういう順位に落ち着く。
今日、浦和は4位という順位でリーグを終えたが、我々の12位という順位は私にとっては浦和の4位よりも価値があるものだと思っている。やはり浦和の選手、外国人の選手、CBの選手、FWの選手、あるいはもういなくなった選手も含めて非常にお金をかけてチームをつくっているし、決して同じレベルで仕事をしているわけではない。現実的に言うなら2つのクラブが戦う中で、力の差があるのは現実だ。その中で我々は相手を上回っていくために常に戦う工夫をしていく。その部分も、見ている方々が理解しながらサッカーというものを見て行くことがサッカーというものを文化に変えていくために必要なことだ。
札幌に所属していた選手で鈴木武蔵は新潟や長崎でコンスタントに試合に出ていなかったし、札幌に来て非常に活躍してベルギーに移籍していったが、そのベルギーに移籍した当時はJリーグの中でも得点ランク1位になっていたと思う。(アンデルソン)ロペスも広島やソウルでなかなか活躍していなかった。武蔵は札幌で活躍できた。ロペスも札幌で実績、得点を重ねて移籍していった。札幌はシーズンに30点取れる選手を失った。シーズン中にそういった選手がいなくなれば、マンチェスターシティーでもシーズンを戦うのは難しい。札幌もJ2に落ちてもおかしくなかった。進藤もセレッソに移籍し、チャナティップも川崎に移籍し、そして金子もディナモザグレブに移籍した。これまで移籍した選手が残って戦えていればJリーグでも上4つのところで戦えているだろう。
浦和で私が率いていた時代は常に上3つを戦えていた。普通のルールであれば3位だった鹿島に対して10ポイントあるいは9ポイントの差をつけてリーグをフィニッシュできていた。当時はまだルール的なものがあまりしっかりとつくられていない状況だった。上位チームが引き分ければ勝利するという(ルールはなかった)。昨日のJ1参入戦の決勝、東京V対清水の試合でも引き分けで上位チームが勝ち上がっている。その当時は(鹿島より)上位にいたが、1勝1敗という結果の中で得失点差で敗れるというシーズンだった。まあアウェーゴール数で敗れたシーズン。1-0でアウェーで勝利し、ホームで1-2で敗れた。リーグ戦では相手より12ポイント上にいながら勝敗で引き分け、我々が年間優勝を逃した。
―審判批判や審判のせいにするのはどうか
今日のレフェリーの判定が仮に間違っていたと仮定します。その中で、もし私が首になってしまったら、私はファミリーや子供を養っていけない。日本はレフェリーが守られている。その責任の所在はなかなかはっきりしないというのはあると思う。例えばレフェリーが試合の中で一つの大きなミスをおかしたとしたら、そのレフェリーは何試合か出場停止となるのはヨーロッパではよくある話だ。私は常に自分のチームが良いプレーできなくて負けても公の場に立ってコメントするが、なぜレフェリーは自分の仕事に、自分のジャッジングがどうだったかということに対して公の場で問われることがないのか。誰もがミスをする。ただ、そのミスを認めるのか認めないのかで、やってる方の捉え方も違う。