【Re:START】後編 陸上十種競技の日本記録保持者・右代啓祐がパリ五輪に再照準 復活の鍵はリズムトレとボブスレー
新たな取り組みと今後の道のりとは
十種競技の日本記録保持者でロンドン、リオ五輪に出場した右代啓祐(37、国士舘クラブ)が、今年開催のパリ五輪出場に照準を合わせた。道新スポーツデジタルでは右代の特集を「Re:START」と題し、前後編で掲載。後編はこれまで取り組んできた肉体改造とリズムトレ―ニングやボブスレーを取り入れた練習、パリまでの今後の道のりについて。
体脂肪3%維持は間違いだった
右代を中心とした味の素の「ビクトリープロジェクト」が22年4月に始まり、ディレクターの栗原秀文氏(47)が最初に始めたのはコンディショニングの見直しだった。それまで食事面は自らの知識の中で調整し、常に体脂肪3%を心掛けて大会に出場していた。真面目な性格から、ストイックにそれを徹底してきたが、食に対する専門家の常識は違った。
「車はスポーツカーだけどガソリンが無い状態」
十種競技はただでさえ極限まで体力を消耗するスポーツ。大会は2日間に渡り、高いパフォーマンスを維持するには体脂肪率3%を維持した体ではスタミナが十分ではなかった。特に体のエネルギーを生み出す糖質が足りず、栗原氏からは「車はスポーツカーだけど、ガソリンが無い状態。体をきちんと動かすためには十分なガソリンを入れなさい」と指摘された。
糖質の摂取を増やし 普段は好きなものも存分に
それから右代は食事の量を増やし、糖質となる炭水化物を多く摂るようにした。トレーニングはその分しっかりと行い、エネルギーを最大限使い切るというサイクルに立ち返った。通常の練習と肉体を強化する期間のコンディショニングを分け、普段は罪悪感のあった好きなものも存分に食べた。
2、3キロ増も最大限の出力を発揮できる体験
「ガソリンを入れたら、その分、車体の重さも増える」。平均の体重は1年で2、3キロ増えて96、7キロほどになったが、その後の記録会で出力を一気に発揮できる実体験をしてからは糖質を摂る事への恐怖心はなくなった。毎年5、6回は患っていた風邪もひかなくなり、大会後の回復も早くなった。今では体脂肪6%ほどを維持して大会に臨み、少し重くなった体を最大限使えるように調整を続けている。
リズム良く体を動かすためにはヒップホップの裏拍が重要に
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次に始めたのはリズムトレーニングの導入だ。栗原氏からスポーツリズムトレーニング協会の開発者で代表理事を務める津田幸保氏を紹介してもらった。同氏からは「最大限の力を入れるための力を抜き方」を学んだ。
これまで走る時は、足を速く回転させることや力を入れることばかり考えていたが、足が地面に接地した後に一度、力を抜くことで回転数はより速くなることを教わった。そこには「リズム」が必要で、ヒップホップのように裏拍のリズムを意識することで、よりリズムに乗って走ることができる。
岡山まで専門家の津田氏を訪ね
23年3月には津田氏が拠点とする岡山県津山市の「グローブスポーツドーム」まで出向き、ヒップホップを大音量でかけながらトレーニングを行った。「体が動かしやすい効果があった」と自然とそのリズムは体に染みつき、その大切さを肌感覚で感じ取った。競技に取り組む時も自分の中のテンポではなく、音楽のように一定のテンポに合わせた動きを意識した。
スポーツにおける「間」
練習を繰り返す事で最近は「技術や見た目の動きも良くなってきたし、確実にスポーツにおける『間』というものが見えるようになってきた。もうそろそろ結果と結びついても良いかな」と手応えを感じている。それは「走る」だけではなく、「投げる、跳ぶにもヒントが隠れていた」と他の種目にも影響が出てきているという。
スタートダッシュ強化にソリを押す動き
もう一つ新たに始めたのが、冬季五輪の種目であるボブスレーのトレーニングだ。走る種目でスタートダッシュする時の前傾姿勢や出力の強化にソリを押すプッシュの動きを練習に活用した。
元日本代表監督が長野の合宿などに同行
栗原氏から紹介してもらった同競技の元日本代表選手で代表監督も務めた石井和男氏(48)にトレーニングへ同行してもらい、23年8月上旬からは長野市のボブスレー・リュージュパークなどで5回ほど短期合宿を実施した。
100キロ超えソリを押した後は下り坂で足が高速回転に
合宿ではスタート位置で前傾姿勢を取りながらゆっくりと100キロ以上のソリを押し始め、最大のパワーを出力。少し進むと下り坂の急斜面となるため、今度は逆にソリに引っ張られる形で「自分ではこれ以上回らない」ほどの高速回転で足を動かさなければいけない。「普通の陸上競技場では出せない出力」をより過酷な方法で、体に覚えさせた。
足が引き裂かれるくらいの筋肉痛
スタート時の爆発的な力、前傾姿勢、その後の高速回転。それを1度の合宿で50回ほど繰り返し、「足が引き裂けるくらい筋肉痛になった」と笑う。逆に50回戻ってくる時もソリを押さなければならず、「けっこうな高負荷のトレーニングになる」と、昨年は雪が積もるギリギリまで続けた。
2月のニュージーランド選手権が試金石
ここからはパリに向けたラストスパートだ。2月にはニュージーランド選手権にオープン参加するため、現地で2週間の遠征を敢行。真夏の気候となる南半球の大会でこれまでの成果を試す。
グランプリから混成競技が外され さらなる逆境に
今年は日本グランプリシリーズから混成競技が外されたため、国内でパリ五輪に出場できるポイントを稼ぐためには日本選手権(6月22~23日、岐阜)で結果を残すしかない。そのため4月中旬にはアメリカでの大会参加を予定しており、そこでもポイントを獲得してワールドランキング24位以内に入るつもりだ。
本当のゴールを求めて
「まだまだ、やるべきことはある」。昨年10月28日には地元の江別市で子供たちに向けたイベントを行い、自らの体験やスポーツの楽しさを未来のアスリートたちに語りかけた。もしかしたら全てをやり切った先に本当のゴールはあるのかもしれない。スポーツに悲壮感はいらない。このまま〝ラテン系のオオカミ〟になって、でっかい獲物を追いかける。