《元赤黒戦士の現在地・上原慎也前編》FC琉球スタッフとして地域・企業との関係づくりに尽力
2009年から17年まで9年在籍
かつて北海道コンサドーレ札幌で活躍した選手に現在の活動や、札幌在籍時の逸話を語ってもらう「元赤黒戦士の現在地」。今回は2009年から17年まで9シーズンに渡って在籍し、186センチの長身でスピード、跳躍力などといった優れた身体能力を武器に、数々の劇的ゴールでチームを勝利に導いた上原慎也さん(37)を紹介する。前編ではプロ生活最後の在籍チームとなった地元・FC琉球でプレーした現役晩年や、クラブコミュニケーター(CC)として活動する現在についての話を中心にお届けする。(以下、敬称略)
ホーム戦では場内を歩き回ってサポーターとの交流も
22年シーズンをもって14年間に渡るプロ生活にピリオドを打った上原は、翌23年から琉球のフロントスタッフとなり、CCという役職が与えられた。「チームと地域やパートナー企業をつなぐ役割をしています。元選手ということで知ってもらえているので、パートナー企業と会社の間に入って話をする役割をしたり、地域であれば僕が選手だったときはファン、サポーターと選手の距離というか、(選手が)なかなか近づけない存在というのがあったと思うので、それをより近づける関係にしようと。ホーム戦で僕が競技場外でマイクで話したりするんですけど、それ以外にも場内を歩き回っているときに気楽に話しかけてもらったりと、近い存在になれたかなと思いますね」。
琉球のことをもっと広めていければ
ホームタウン活動の一環で小学校を訪問して朝のあいさつ運動やサッカー選手としての講話といった活動を行ったり、日本全国で放送されているサッカー番組の沖縄版「KICK OFF! OKINAWA」(琉球放送で毎週土曜日午後1時15分から放送)やラジオ番組に出演したりと、ピッチ外で話す機会は多くなったという。「選手のときにはなかなか体験できなかったようなことを去年やらせてもらえて。それプラス、今年はもうちょっと会社の仕事もやって、琉球のことをもっともっと広めていければなと思っています」と今後の展望を思い描く。
J2昇格を決めた年に
17年シーズン限りで札幌を退団し、翌18年にJ2愛媛でプレーしていたころの上原は、J3で快進撃を続ける生まれ故郷・沖縄の琉球の動向を気にかけていた。最終的に20勝6分6敗という圧倒的な成績で優勝し、翌年のJ2昇格を決めた年だ。「僕はそのとき愛媛にいたんですけど、ケガもしてなかなか試合にも出られない中で、契約満了というのも頭の中にちらついていて。その中で琉球のJ3優勝が見えてきた中で、僕も(翌年)33歳になる年だったので、『僕はもう沖縄に帰りたいです』って代理人に伝えて。そこからですね、どんどん琉球に行く方に話が進んでいったのは」。
監督が交代も快く受け入れてもらえた
当時琉球を率いていた札幌OB(1996年在籍)の金鍾成監督(59、現在再び琉球を指揮)からも好感触を示されていたというが、事態は突然思わぬ展開を迎える。「(金監督が19年に)鹿児島に移籍することになって。僕の中で移籍の話がフラットになってしまって、『あれ、これどうするんだろう?』となってしまって」。順調に進んでいた故郷への凱旋が一転暗礁に乗り上げてしまったが、幸い後任として就任した樋口靖洋監督(62)も快く迎え入れてくれたこともあって、無事19年シーズンからの琉球加入が決定した。
「同じタイミングで沖縄に帰れたら面白いね」
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そして同じタイミングで琉球に加入したプレーヤーがいる。長きにわたって札幌で共にプレーしていた、沖縄県の宮古島出身である上里一将(37)だ。「(18年に)僕は愛媛、カズさん(上里)は熊本にいて。連絡を取っている中で『これ琉球J2に上がるんじゃない?』って話をしていて。カズさんもこのタイミングでの契約満了というのが頭にあって『同じタイミングで帰れたら面白いね』みたいな感じでずっと話してました」。
4年間共にプレーできたことは運命
2人の会話の中で出てきた〝面白い話〟は19年に本当に実現することとなった。「同じタイミングで入れることになったというのは本当に運命だと思いますし、久しぶりにカズさんと一緒に琉球で4年間プレーできて。沖縄のことも話しましたし、チームのことも話しましたし。本当にいい4年間だったなと思います」。
小野O.N.Oは昔から自主練習で沖縄を訪問
2人が琉球の選手として新たなスタートを切った19年シーズン途中、お互いの古巣・札幌から1人の選手が移籍してきた。元日本代表の〝天才〟MF小野伸二(44、現札幌O.N.O)だ。「事前に『琉球どう?』みたいな連絡はもらっていて。実際にその噂が流れたときは『伸二さん本当に来るのかな?』という思いもあって、どこから聞いたのか分からないですけど、友達からも『小野伸二来るの?』と聞かれて『いや、来ないんじゃない。さすがに』みたいな感じで。でも伸二さんはプライベートでもよく沖縄に来られていて、札幌時代に僕が沖縄に帰ってきたときに会ったこともありますし、自主練習でも昔から使ってくれている土地なので、そのゆかりで来てくれたというのはあると思います」。
加入後のホーム初戦は歴代最多の動員を達成
小野の加入初戦となった8月17日の横浜FC戦には1万2019人の観客がスタジアムへと詰めかけた。この数字は現在に至るまで琉球のホームゲーム最多動員数となっている。「普段、僕らがやっている試合の中では3000人とか、多くて4000人ぐらいなので、伸二さんが来たときは一大ニュースになって、1万2000人ぐらいのサポーターの方が集まってくれて。相手も横浜FCで、中村俊輔さんだったり松井大輔さんがいたというのももちろんあったとは思いますけど、やっぱり小野伸二効果はすごかったです。僕も久しぶりに伸二さんとプレーして楽しかったですね」と当時を振り返る。
23年からアマ選手としてFCセリオーレに加入
プロキャリアこそ終えたものの、23年からは沖縄県社会人1部のFCセリオーレに加入し、アマチュア選手としてサッカーを続けている。「沖縄の社会人チームでまたみんなと一緒にサッカーができるというのはうれしいですし、実際やっていて楽しいです。公式戦という緊張感も社会人だけどもちろんありますし、そういう環境でまだまだやれるというのは本当に楽しいですね」。今年の札幌の沖縄キャンプでは練習試合で〝古巣対決〟が実現し、その中で上原は豪快なミドルシュートを札幌ゴールに叩き込んだ。試合後には「まだまだ知っている人も多いので、本当に楽しくできました」と笑顔を見せていた。
次回からは、プロキャリアをスタートさせ、自身最長となる9年間に渡って在籍した札幌時代を振り返っていく。
■プロフィール 上原 慎也(うえはら・しんや) 1986年9月29日生まれ、沖縄県出身。沖縄大から2009年に当時J2の札幌に加入。186センチの長身と驚異的な跳躍力から繰り出される打点の高いヘディングや、スピードを武器にFWやサイドバックとして活躍。18年は愛媛、19年からは琉球でプレーし、22年シーズンをもって現役を引退。札幌には9シーズン在籍し、リーグ戦176試合に出場して19得点。J1・J2通算297試合出場34得点。