ファイターズ
2024/04/08 17:00

【青春の1ページ】~F戦士が高校時代を振り返る~ 今川優馬外野手

東海大四高時代はレギュラーではなかったが、努力を続けて夢だった夏の甲子園に出場した今川

新連載スタート 忘れられない濃密な3年間 

 どんなプロスポーツ選手にも、色あせることのない〝青春の思い出〟がある。道新スポーツデジタルでは、アスリートの高校時代にスポットを当て、「青春の1ページ」と題して連載する。第1回は、北海道・東海大四高(現東海大札幌高)出身の日本ハム・今川優馬外野手(27)が登場。当時のタイムスケジュールや得意だった科目など、若き日を思い返しながら語ってもらった。

毎日の通学がウオーミングアップ

―高校時代の1日のタイムスケジュールは
「朝練を(午前)7時ぐらいからしていたので、6時前に起きていました。でも、母さんは朝4時ぐらいから起きて、お弁当を作ってくれていました。下の弟の分も。頭が上がらないです。僕は寮ではなく、実家から通っていたので、起きてすぐ家でご飯を食べて、6時半ぐらいに出発。自転車に乗って山を汗だくになりながら登って、登校していました。だいたい30分ぐらいですね。それがいいアップになっていましたし、だいぶ足腰が鍛えられました。8時ぐらいまで1時間ぐらい朝練をして、授業を受けて」

継続は力なり 成長を実感できた朝練

―朝練のメニューは
「基本、バッティングが多かったですね。入学してすぐ始めました。強制ではなかったので、多くて10人ぐらいで。この時にコツコツ練習を重ねていたことが、技術になり、体力面でも強くなれたのかなと思います。本当に毎日、欠かさずやっていたのは覚えていますし、継続することの大切さを知りました。入学して、30人ぐらい(野球部の)同級生がいたんですけど、本当に一番下手ぐらい、下の方にいた。自分でも分かるぐらい下手くそだったので、何とか抜け出たいなと思ってコツコツ練習していたら、ちょっとずつ自分が成長していくのが分かったので、練習していて良かったなと思います」

プロ入り前から朝練は日課。コツコツ練習を積み重ね、今につながっている

 

意外にも!? 「勉強もわりとやっていた方」

―授業はどうだったか
「9時ぐらいから(午後)3時半、4時ぐらいまで。朝練後の8時から9時の間で、宿題をやっていました。僕は勉強もわりと、他の野球部員に比べたらやっていた方だったと思います。もともと高校で野球をやめる予定だったので、2年生ぐらいからは理系のクラスに入って勉強していました」

―成績も良かった
「中の上ぐらいですね。あんまり覚えていないですけど。できない感じではなかったです」

国語が得意な理系 休み時間は読書

―得意科目は
「理系だったんですけど、国語が得意でした(笑)。小論文とかも得意でした。今思い返せば、教室で休み時間にずっと本を読んでいたんですよ。1年生の時は、野球部の決まりで、廊下に出ちゃダメ、席から立っちゃダメ、しゃべっちゃダメ、笑顔ダメだったんです。学校、教室にいる間は、トイレ以外は廊下に出られないんです。先輩たちが上の階から見張りに来るんです。だから、何もできないじゃないですか。携帯もいじっちゃダメなので、ずっと本を読んでいたんです。本を読む習慣はずっと、小学校ぐらいからあったので、文章は得意だった記憶があります」

ノムさんの著書も読破 「そこで知識が蓄えられた」

―高校時代、読んでいた本は
「結構、いろんなジャンルの本を読んでいて、野球以外にも、心理学の本とかを読んでいました。もちろん野球の本も。野村(克也)さんの本を結構、読んでいて、そこで知識が蓄えられたかなと思います」

貴重な睡眠時間にも 五厘刈りは回避

―読書以外の休み時間の過ごし方は
「あとは睡眠ですね。朝早く起きて、練習も毎日ハードなので、くたくたで。授業中に寝たら、怒られて(髪を)五厘(刈り)にさせられますし、それだけはないようにやっていました。先輩が見張りに来た時に怒られないように、何もしない(笑)」

両親と「絶対に甲子園に行く」と約束して当時の東海大四高に進んだ今川

 

栄養&母の愛情たっぷりの弁当

―昼食はお弁当を
「お弁当ですね。でっかいタッパーに米を敷き詰めて、その上におかずをいっぱい乗せてくれていました。当時(体重)60キロぐらいで、ガリガリだったので、めっちゃ食べていました」

まさかの職質! 就寝前の日課で…

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