【タイトル未定の日常】#6 川本空のコトノハ 2年間ありがとう
川本空です!5月20日に東京・Zepp DiverCityでのワンマンライブ「TETRAPOD」を最後に、タイトル未定を卒業するので、今回が最後のコラムとなります。「TETRAPOD」は私の最後のステージとなりますが、みんなのワンマンライブにしたいので、今まで4人で頑張ってきた集大成を見せたいです。全てを出し切って、後悔のないように爆発して終わりたいと思います!ぜひ、足を運んでくれるとうれしいです。
中島公園での撮影、クリスマスパーティーも楽しかった
道新スポーツさんのコラムでは中島公園でも撮影しましたし、みんなでクリスマスパーティーをできたのも楽しかったです。本当に貴重な経験でしたし、自分が道新スポーツさんと関わる機会があるなんて、夢にも思っていなかったので、すごいなと思っています。
2年間を振り返ってみると、いろんなところでライブをすることができました。それまで札幌から出ることが少なかったので、遠征はワクワクしていたことを覚えています。飛行機にはニンテンドー3DSのプレーしたいソフトを全部持ち込んだりしたんですけど、メンバーは寝て過ごしていたので、私も途中から寝るようにしました(笑い)。元々朝には全く強くなくて、よわよわだったんですけど、早朝の移動とかもあってだいぶ強くなりました。今ではお昼まで寝てるのがもったいないなって思うぐらいです。グループに入ったときはコロナ禍でライブの声出しは禁止の時期でした。声出しが解禁されたときは、声がダイレクトに届いて迫力がすごかった記憶があります。
さっぽろ雪まつりに自分が出演する側に立つとは
数多くのライブの中でも、地元・札幌でのイベントが印象に残っています。雪まつりは自分が毎年見に行っていたイベントだったので、自分が出演する側でステージに立てたことはすごく感動しましたし、サッポロファクトリーとか馴染みのある場所でリリースイベントができたことは自分の中でも自慢できることだなと思います。本当に楽しかったことばかりで、つらかったことよりも楽しかったことの方がたくさんありました。
母に言われた「タイトル未定に入っていなかったら…」
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卒業することをお母さんに話したときは「本当にいい経験だったよね。タイトル未定に入ってなかったら、絶対おいもちゃんのままだったよ」と言われたりしました。本当にタイトル未定に入る前は人見知りをしすぎて、飲食店とかに行っても恥ずかしくて、店員さんに「すみません」と声を掛けられなくて、注文をお母さんに頼んでもらってたりしてました…。でも今では友達の誰よりも声を出して、店員さんを呼べるようになりました。ゼミの発表とかも堂々と話せますし、自分の意見とかもバンバン言えるようになったりとか、人に話しかけるのが怖くなくなりました。本当に自分を変えてくれたなって思います。
家を出た瞬間にホームシック
お母さんも体調の面でも心の面でもいつも支えてくれたので感謝しています。家を出た瞬間にホームシックになったりしていたので、遠征先のホテルでも夜に電話していました。お互い寂しがる感じで話していました。お母さんがいなかったら2年も続けられてなかったと思います。
卒業を発表したときは反響がすごかったです。通知が鳴り止まなかったですね。私が知らないような方も「寂しい」とか「空ちゃんが好きだったから悲しい」とかおっしゃってくれて、意外と私のことが好きなんだとびっくりしました。本当にどんなときも私の味方でいてくれて、いつも支えてくれてありがとうございます。ファンの方がいなかったら2年も続けられてないですし、お母さんと同様に本当に大切な存在です。
一番好きな曲は…最初に聴いたときの感動…
タイトル未定で一番好きな曲は「蜃気楼」です。最初に聴いたときに「神曲だ!」と感動したのと、私が入ってから初めて配信リリースされた曲だったので、そういうのもあって好きです。自分の声を聴いて「私の声ってこんなに可愛いの」ってびっくりした思い出があります。メンバーは本当に優しい優しいお姉ちゃんたちって感じでした。私が自由にのびのびできたのも見守ってくれていた3人のおかげだなと思っています。末っ子で良かったです。2年間応援してくださり、本当にありがとうございました!!