高校野球
2024/06/13 17:00

’04夏の甲子園13-10の決勝を回顧㊤「香田監督は知らなかった」駒苫・佐々木監督×済美・鵜久森氏対談

 

当時の駒苫イケメン主将と日本ハム元大砲がスペシャル対談

 2004年夏の甲子園で、駒大苫小牧が深紅の大優勝旗を初めて北海道に持ち帰ってから20年。いよいよ6月22日に、甲子園を目指す支部予選が道内各地で開幕する。道新スポーツデジタルでは、駒大苫小牧の主将だった佐々木孝介監督(37)と、準優勝した済美の4番で、元日本ハムの鵜久森淳志さん(37)のスペシャル対談を企画。数々の記録を残した伝説の決勝戦を、およそ2時間に渡った対談の中でたっぷり回顧しました。20年たった今だから明かせる秘話やぶっちゃけトークを3イニングずつ、3回に分けてお届けします。今回は一回表から三回裏まで。実は試合前からマメがつぶれていた先発・岩田投手が交代する時の舞台裏や、選手同士で共有していたこと、今まで語られてなかった鵜久森さんの当時の本音など、初回から内容は盛りだくさんです。

実は連絡を取り合っていた

―よろしくお願いします。「孝介」「ウグ」と呼び合う仲ですが2人の交流はいつから?
鵜久森(以下、鵜)「なんで電話番号知ったんだっけ? 駒大時代に、鎌ケ谷に来たもんね。済美のやつより会ってるかも」
佐々木(以下、佐)「連絡はちょこちょこ取り合っていた。自分のチームの同期より、一番会っているかもしれない」

昨年エスコンで本間さんと対談

―鵜久森さんは去年の7月、エスコンF北海道で行われた日本ハム-楽天戦の試合前に、駒苫V2戦士の本間篤史さんと対談。佐々木監督としてはオレだろと
「映像では見ました。でも、節目は今年(笑)」

―鵜久森さんは5年前の冬に駒大苫小牧のグラウンドを訪れたことがあるそうですね
「雪上ノックを見たんですよ。ありえない。すごいって思いました」

NO・1ポーズ「まだやってんねや」

―駒大苫小牧のナンバーワンポーズが大流行。2人がグラウンドに入ってくるときにも、部員が人さし指を監督に向けてあいさつしていた
「そういう高校生のノリなのかな、ぐらいの感じでした。きょう来て思い出しました。まだやってんねやって(笑)。伝統なんだなって。てことは、あれから20年たってるから、ずっとやってんだ」
「俺よりも前からだよ。香田(誉士史)監督に言われたわけではなくて、いつもやってることやるべって。あとで高野連から注意を受けましたけど(笑)」

「最後のバッターだったので、余計覚えてます」

―では改めて試合を振り返っていきましょう。決勝戦は20年前になりますが、まだ記憶に残っていますか
「覚えてますよね。最後のバッターだったので、余計覚えてます」

鈴木-糸屋のバッテリーが鵜久森(右奥)を遊飛に打ち取って、深紅の優勝旗は津軽海峡を渡った

 

―決勝のスコアは13-10。駒大苫小牧の20安打は決勝史上最多タイ。両チーム2桁得点は決勝では初めてで、合計39安打、23得点と26残塁も決勝史上初。今も甲子園決勝の最多得点記録です
「こんな決勝戦、今までないんじゃないですかね?」

「白球の記憶」で流れるたびにLINEが

―毎年夏が近づいてくるとNHKの「白球の記憶」がSNSなどに上がる
「毎年やりますよね。去年、2回出ましたよ。なんかみんなからLINE来るんですよ、出るたびに。20年間、毎年。『またショートフライ打ってたよって』。そんなんもう結果分かってるでしょ、変わることはないって(笑)」

故・上甲監督から「連覇」へのプレッシャー

―決勝まで両チームが勝ち上がってきた。済美は宇和島東でセンバツ優勝経験がある故・上甲正典監督が創部わずか2年でセンバツ甲子園で初陣初優勝。夏も、初陣で決勝まで進出
「監督がまずテンション爆上がりだった。おまえたちしか(初陣の)連覇はないって。だからおまえらが連覇、おまえらしかタイミング的にはないから、やるぞみたいな感じだったんですけど、そう言われたら、なんかプレッシャーかかるなって」

実は北海道のチームに嫌なイメージが

―駒苫の印象は。当時はまだ全国的には無名だった
「基本的にもう初対戦じゃないですか、甲子園って。だからどこも、そういう意味では一緒なんです。初対戦って一番難しいんですけど、監督がよく言ってたのは、北海道のチームに甲子園で勝ったことないらしいんですね。前の年の秋も神宮大会で鵡川に負けてるんですよ。初戦で東北にコールド勝ちしたのに、次の試合で鵡川に負けてるんです。だから因縁っぽかったんでしょうね、監督からすると。北海道のチームに勝ったことないのが、変によぎるって言ってました。僕らからすると、いや、それは知らないよ、って感覚ですけど、監督はそういう嫌な感じだったらしいです」

前年の降雨ノーゲーム敗退から一気に決勝

―一方、駒大苫小牧は前年夏のことがあった。1回戦の倉敷工戦で8-0と大量リードしながら降雨ノーゲーム。再試合は6-8の敗戦。前年も試合に出ていた佐々木監督が主将となり、甲子園初勝利から一気に決勝まで駆け上がってきた
「いやもう、よっしゃーっていう感じでしたね。チームもそんな感じだったので、前の日も香田監督が『優勝か準優勝しかないから、もう思い切ってやってこい』っていうようなミーティングをしてましたね」

 

駒大苫小牧の先発・岩田

 

まずは済美が2点先制

【一回表】
―駒大苫小牧の先発は、エース左腕・岩田聖司投手。済美は1死一、三塁と先制のチャンスで鵜久森の初打席。空振り三振も次打者の西田佳弘捕手が右中間へ先制の2点二塁打で2-0
「よく覚えてるわ。チェンジアップみたいな感じで、すごい抜かれた。それ、映像で結構出てくるんですよね。もちろん先制点が欲しいですよね。ただ、そんな簡単に打てないっすよ。西田がよくカバーしてくれた」

―主導権を握った感覚
「それは大きいですよね。済美の打線って、仮に僕が打たなくても周りが打つんで、ある意味、楽なんですよ」

駒苫がすかさず1点を返す

【一回裏】
―済美の先発は、2年生エースの福井優也投手。2点を追う駒苫は、1死二塁でサイクル男・林裕也二塁手が右越えの適時三塁打ですぐに1点差に追い上げる
「先制されたけど、香田監督が『もういつも通りやってけば大丈夫だ』という話でしたね。やばい、っていう感覚はなかったです」

0-2の一回、駒大苫小牧・林の適時三塁打で1点差

 

突き放す済美

【二回表】
―済美は1死満塁から小松紘之右翼手の犠飛で1点を追加。さらに2死満塁で打席には鵜久森。ここで駒苫は背番号11の鈴木康仁投手へスイッチ。結果は四球を選び、押し出し四球で4-1とリードを広げ、次打者の西田も死球で5-1と済美が序盤で大量リードした
「最初、岩田やったよね。なんで代えたんだろうって思っていた」
「(左中指の)マメがつぶれてたもん。前の試合で」
「それが理由だったの? 20年たって知ったわ」
「後ろに(岩田)聖司を残しとくよりは。先に行っても、点数取られるだろうなって俺たちも実は思ってたんで」
「俺的にはヤス(鈴木)の方がラッキーって思っちゃってたの。なんかイメージしやすいっていうか、バッターとして」

二回で鈴木にスイッチ 継投の理由は

―駒苫としては予想外の投手交代。チームが動揺しないように声かけしたのか
「隣(二塁・林と三塁・五十嵐)が学年が下だったんで、そこの2人だけにはずっと声かけてました。岩田がそういう状況だって、みんな分かってたので。点数は取られるっていうことは、自分たちも想定してた」
「5点、想定する~?」
「するよ」
「だってズルむけだよ。普通に考えたらそのままの勢いでいきそうだよよね」
「でもね、俺らは涌井君(横浜)とか、日大三高を打ってきているから、取り返せる、って変な勘違いをしていた」
「いいね、そういう雰囲気だったよね」
「済美は、福井くんしかいなかったじゃない、実際」
「いたけど、確かに福井も連投、連投やもんね」

先発の岩田に代わって、二回途中から継投した鈴木投手

 

糸屋捕手が「代えろ」の合図

―岩田投手のマメがつぶれたのは味方は知っていたのか
「監督は知らなかった。分かってない中で、自分たちだけ分かってて。その初回か二回でどうした? みたいな」
「言うの遅えよって、ブチ切れなかった?」
「キャッチャーの糸屋(義典)だけは、めっちゃ怒ってたけどね。代えろ、代えろって、試合中にすごく合図を出してた」

ブラバンの応援に圧倒 アウェー感すごかった

【三回裏】
―2死三塁で糸屋捕手が右中間へ適時三塁打で5-2。続く佐々木主将は1-2からの高めを右中間深くへ運ぶ適時二塁打で5-3。序盤4点リードから、ガンガン追いついてくる駒苫打線を済美としてはどのように見ていたか
「恐怖ですよ。僕が戦っていて一番思ったのが、応援団がすごい。空気を変えちゃうような、ずっと鳴りっぱなしの応援のイメージ。ブラバンが。せっかく5-1になってるのに、アウェー感がすごかった。三、四回ぐらいから、ずっと僕、外野で走っているイメージしかない。左中間へ行ったり。もうそのイメージしかない」

―結局、三回終わって点差は2点。試合展開が読めない
「4点差あって、こっちも点差が開くのかなって思っていたところで、こうやって追いついてきてた。雰囲気的には嫌でしたよね。特に福井がこんな捕まる? って。福井、もうしんどいんじゃないんかなって思ってた」

―自分たちがバットで取り返すしかないと
「そうですね。一応、強力打線なんで(笑)」

真夏にグラコン着て暑さ対策

―炎天下の甲子園、暑さ対策はどうしていたのか
「僕らは暑さ対策しまくってましたから。全然暑いとか感じなかった。だってグラコン着て真夏にずっと走るんですよ。真夏にグラウンドコート着て走る高校球児、います? いないですよね、重り持って、タイヤ引いて」
「前の夏に経験してたのは大きいかな。めちゃくちゃ暑かったんで。いや、こんな暑いの? っていう中で2試合できた。うちは甲子園では練習はあまりしない。向こうに入ったら、ほんとに調整程度で(割り当ての)2時間でもう終わり。食事をしっかり取るっていう。暑かったです」

《㊥へ続く》

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