400ホールド達成の宮西尚生に捧ぐ 間近で支え続けた福島トレーナーが語る鉄腕たるゆえん
プロ17年目の39歳がさらなる金字塔
日本ハムの宮西尚生投手(39)が4日のソフトバンク戦(みずほペイペイドーム)で前人未到の400ホールドを成し遂げた。大記録達成を身近で支えたスタッフがいる。現在も日本ハムで選手の体のケア、治療を担当している福島芳宏トレーナー(51)だ。偉業の裏には、けがや体の変化と向き合うストイックな日常があった。福島トレーナーが職責を通して感じたプロフェッショナルな思考、流儀とは―。グラウンド上では見せない鉄腕の素顔に触れ、祝福と感謝のメッセージを寄せた。
トレーナー冥利に尽きる!
ミヤ、前人未到の400ホールド達成おめでとう! ここまでの道のりの大変さも分かっているので、心からおめでとうと言いたいです。こんな大記録を達成する選手に携われたことはトレーナー冥利(みょうり)に尽きますし、本当にすごい記録だと思っています。
大学・社会人ドラフトで入団 まさかの第一印象は…
2008年入団当初、イケイケな風貌でヤンチャなヤンキー兄ちゃんが入ってきたなという感じで、投げ方、使われ方を見ても、まさかこんなに長く投げ続けて、こんな大記録を打ち立てるなんて思ってもいませんでした。当時は建山、武田久がまだバリバリ活躍している時期。そんなベテランたちに囲まれても怖いもの知らずで投げていた印象でした。
今では建山や武田久のような立場で後輩と接し、アドバイスしている。そんな様子を見ると、とても大人になったなと思います。
考えや体の変化に順応 準備やケアには強いこだわり
野球に対する取り組みは予想に反してまじめ。特に自分でやると決めたことはコツコツとしっかり行う。実際の動きや体の状態を感じて考え、修正する選手でした。
年々経験を積むことで考えは変わり、体も変化していきます。常に向上心を持ち、より良いものを求めながら取り組んでいる姿をずっと見てきました。特に試合に向かう準備、マッサージなどのルーティン、試合後のはり治療に関しては強いこだわりを持っています。
ゲーム前には必ず左腕の肉体と〝対話〟
ゲーム前には必ず1時間ほどのマッサージを行います。練習で動いた感じ、キャッチボールで投げた感じから、どこの関節や筋が動いていないか、気になるところがないか、本人と話しながら体を触るようにしていますし、僕自身も動きを見て気になった部分をチェックするようにしていました。何もなければ特に聞かず、触りながら状態を確認して調整をしていましたし、何かあればゲーム後の治療の時にケアするようにしていました。
決して気を抜くことができないマッサージ
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彼はマッサージ中でも触られながら体の張りや関節の硬さなどを確認しているので気を抜くことができません。当たり前のことなのですが、集中していないと、すぐに悟られるのです。われわれトレーナーが手から体の状態を感じるようにミヤも触られながら自分の体の状態を確認しているので、こちらの意図や考え、感情が伝わってしまうようでした。ここがイマイチほぐれていないとか、まだここの動きが悪いといった擦り合わせを行い、体の状態を確認して登板準備のブルペンに向かいます。
気付かされたトレーナーの本分
選手を観察し、治療するのはトレーナーとして当然のことなのですが、できていなかった時にしっかりと伝えてくるのがミヤでした。最初の肘の手術後、初めてブルペンに入った時、トレーナーが確認に行けず、指摘されたとことがありました。恥ずかしながら、ハッと気付かされる。
はたから見たら、彼のわがままのように聞こえたかもしれません。素直な意見、思いを伝えることが、より良い信頼関係をつくる上で大切なことです。
細かい要求にも対応 「学べたことがたくさんありました」
ゲーム終了後にも必ずケアとして、投げても投げなくても、はり治療は行います。通常で1時間程度、長い時には1時間を優に超えることもあります。こだわり、自分の感覚があり「こうしてほしい、こういう刺激、感覚がほしい」といった明確なリクエストが出されます。はりを打つポイントの触られ方、打ち方、入れ方を細かく話しながら本人の筋肉の張りを見て、気になるカ所に対してはりを入れていきます。ここは内側から外に向かってとか、もうちょっと斜めにとか、当たっていないとか、対話を繰り返します。
僕自身の勉強にもなり、受け手側の感覚、はりを入れられている感じ、響き方など、ミヤから学べたことがたくさんありました。
繊細な感覚はピッチングと対照的
必要がないなら、はり治療はやりたくないというのが本心みたいですが、彼のはりに対する体の反応はとても良く、その自覚もあるので、ケアとして不可欠な治療なのです。
トレーナー側としては注文も多く、とても神経を使うのですが、施した治療に対してフィードバックをくれるので、指先の感覚は研ぎ澄まされていきましたし、注文に応えられるようにすることで自分自身の勉強や経験になりました。これから先、なかなかこんな選手は出てこないんじゃないかと思います。大胆なピッチングとは裏腹にとても繊細な感覚を持ち合わせているのです。
不可欠だった石黒トレーナーのサポート
そして、こだわりの強いミヤのメンテナンスはこの人なしでは語れません。はり治療を毎日、献身的に行っていた石黒トレーナーの影のサポートがありました。本当に頭が下がります。投げても投げなくても休みの日でもはりを打ち続けていました。夫婦漫才のような掛け合いが1時間、2時間と続き、メンテナンスが完了するのです。
結果に救われる日々 言い出せなかった言葉
これまでにミヤは2度、肘の手術をしていますが、2021、22年は特に肘痛や関節に水がたまるような症状が強く、投げるたびに水を抜いていました。連続50試合登板やホールド数の記録はモチベーションでもあり、逆に足かせにもなっているように感じていました。記録はこだわらなくていいんじゃないか―。パフォーマンスを上げることを優先した方がいいんじゃないか―という言葉が幾度となく頭に浮かびました。きっと本人も歯がゆいシーズンを送っていたんじゃないかと思います。
ただ、マウンドに上がると言い訳をせず、痛い素振りも見せないで腕を振り続けていました。その姿は「プロフェッショナル。まさに鉄腕!」。止めなくて良かったのか? 止められなかっただろうけど…。心配しながらも結果を出すことで、ひと安心という繰り返しでした。
リリーバーの地位向上に寄与した唯一無二のサウスポー
日常のメンテナンスの積み重ねの中で、大記録に関われたことは、うれしいものです。なかなか評価されなかった中継ぎのポジションが注目されるようになったのは、ミヤの頑張りがあってこそ。これから先、ミヤみたいなわがままで人見知りで、繊細でこんなとてつもない、すごい記録をつくる選手とは巡り合えないと思います(笑)。
まさに生きる標本 「どんな修行や勉強よりも良い経験」
個人的には、はりの技術、刺していく感覚をミヤを通して勉強させてもらったことに感謝しかありません。ミヤに打つはりの一本一本に集中し、その反応を感じるのが、とても好きでした。自分のはり先の感覚とミヤのはり先が当たっている感覚をすり合わせる作業の繰り返しが、どんな修行や勉強よりも良い経験となり、今の自分の技術になっています。
鉄腕に送る熱きメッセージ!
体も気持ちも強くて結果を出し続けられる投手。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、人見知りで繊細な部分を隠しているなんて言うと、怒られるかな? 400ホールドはまだまだ通過点でゴールではないと思っています。もう少し、いけるところまで頑張ろう!