16年2回戦敗退からの躍進へ
札幌出身のお笑いコンビ、トム・ブラウンが漫才頂上決戦「M-1グランプリ」のラストイヤーに臨む。ナンバーワンの漫才師を決めるM-1の出場資格は結成15年以内。2009年に結成したトム・ブラウンにとっては最後の年となる。第2回は17年の準々決勝進出、そして18年決勝の躍進ぶりを掘り下げていく。
負のオーラを断ち切ったものとは
代名詞となった合体ネタで惨敗を喫した16年、自信があっただけに落ち込み具合は過去一番だった。その後もM-1へのやる気は削がれたままだったが、月20本ほどのライブはこれまでと同じようにこなしていた。後輩からは「辞めそうですね」と言われるぐらい、負のオーラを漂わせていた。それでもライブでの台詞を少しずつ変えていくなど、ちょっとした工夫を取り入れていったことで、ネタは洗練された。翌17年は一気に準々決勝まで勝ち進んだ。
布 川「この年でダメだったらもう辞めようとしてましたね。1回戦は毎回、盗撮の対処法というネタをやっていたんですよ。2回戦でキングムーミン、3回戦もキングムーミン」
みちお「2回戦からキングムーミンをやったっけ?」
布 川「もうそれしかないからしょうがないし、(それまでに)落ちているし、一番強いネタを持っていくしかなかった」
みちお「よく準々決勝まで行けたな」
布 川「3回戦がそんなに悪くなかったんですよね。初めて3回戦に行けた15年は死ぬほどスベったんですけど、そのときよりは感覚が悪くなかったんで、ゼロじゃないなと思って。そしたら準々決勝進出に名前が書いてあったんで、嬉しかったですね~」
みちお「嬉しかったね~」
布 川「ヤーレンズからすぐ連絡が来ました」
みちお「むちゃくちゃ嬉しかったし、うおー! っていう感じだったんですけど、同時にものすごく分厚い壁みたいなのを感じました。準々決勝からの準決勝、からの決勝、からの優勝、みたいな」
布 川「準々決勝で覚えているのが、出番がランジャタイ、僕らの順番で。僕らのキングムーミンで『はーるーよー♪』ってユーミンさんの『春よ、こい』を歌うボケがあるんですけど、ランジャタイも土の中から『はーるーよー♪』ってユーミンさんが出てくるみたいな。僕らのネタで加藤一二三さんが土から出てくるっていうネタがあるんですけど、それも全部混ざってるぐらいで『うわ! 最悪』と思って。でも、ちょっとだけ触るかと思って、ちょっとだけ触ったんですね。『またユーミン出てきましたけど』みたいな。めちゃくちゃスベりましたね。慣れないことをするもんじゃないなって学びました。浅草公会堂ですかね。ネタ自体、スベりはしなかったですけど、落ちたなと思って帰りましたね」
芸人を辞めるのか続けるのか―
初めて準々決勝まで進出し、手応えも得られた一方で、それよりも上に行けなかった事実に変わりはない。布川の中には、まだ芸人を辞める選択肢もあった。
布 川「前とはちょっと違うなっていうのはあったけど、辞めるなら辞めると思っていた。その後すぐにライブがあって、みちおに楽屋で『どうする? 辞める?』って聞いたんです。そしたら『今決めなきゃダメ? 1週間ぐらい待ってくれない?』って言ってて。そんなやつ、やるつもりじゃないっすか。だから『そんなんいらん。やるぞ。あと1年ね』っていう話をしたのをすごく覚えてます」
みちお「迫られたのは覚えてます」
布 川「無駄ですからね。やるって決めて、その後すぐのライブは尋常じゃなくスベりましたね。だから本当に続けていいのか? って思いました」
スベっていたつかみを再構築 助言をくれた恩人とは
勝負の18年に向けて、衣装から変えた。さらに、ネタのつかみを試行錯誤。覚悟を決めた1年で後悔を残さないためにも、細部にもこだわった。
みちお「ズボンを白にしたんですよ。あとはつかみを自虐に変えたんですよ。今までは『誰か一緒に暗いところ行こう』みたいなので、布川が『キャー!』って言っていたんですけど、ヤーレンズの出井ちゃんに『本当にやりそうだから怖すぎる。自分で完結した方がいいんじゃない?』って言われて、じゃあ『ハマグリは貝ごと飲み込みます』とか、そういうことかなって。そういう細かいところだと思います」
布 川「17年のときはつかみやってなかったですね。そういう『キャー!』とか」
みちお「『暗いところ―』もやってないんだっけ? 何やってたっけ?」
布 川「やってなかった」
みちお「前はポエムを語りながら出てくるとか。15年じゃなかったかな? スベって終わった(笑)。17年はつかみやってなかったか」
布 川「やってなかったはず。確か」
みちお「出方はめっちゃ考えてたよね。布川が前に出てから、俺がちょっとゆっくりなのか、速く行くのか」
布 川「結構、変えてました。元々は僕から出てたんですけど、元エレファントジョンの森枝さんがネタ見せで『これ、みちおくんを先にした方がいいんじゃない? 布川くんがちょっと遅れてくる方がいいかも』みたいなことを言ってくれて、それをやったら反応が良くなりましたね。僕が出てきて、みちおが来た瞬間にひっぱたいてしまうと、『(お客さんは)キモいやつをひっぱたいたのかまだ分からない。でも、みちおくんが先に、キモいやつが先に出て来たら、ひっぱたいていいんだよね』って。今も会うたびに言います。『森枝さんのおかげです』って」
vs大阪勢のためになりふり構わず…
M-1を制するためにも強敵の大阪勢を上回る必要があった。初めての会場に慣れるために恥を忍んでまだ誰もいない舞台にも立った。
布 川「あの頃のM-1はやっぱり大阪勢がめちゃくちゃ多かったんですよ。関東が5組ぐらいしかいなかった。その関東の5組もゆにばーすとか、さらば青春の光とか関西の人。ウエストランドもいたけど、岡山。純粋に東のコンビっていう人はほぼいなかったっすね」
みちお「まだちょっと昔の雰囲気のM-1がギリギリ残っている感じだった気がします」
布 川「ちょっとピリッとしてましたね」
みちお「準々決勝からNEW PIER HALLで、初めて立つ場所だったので、怖かったから2人で見に行きましたからね。ライブの前の日とか。たまたまやってなくて、のぞき込んでた。建物の周りをいくらぐるぐるしても中に入れなかった。めちゃくちゃ不審者(笑)。順番もトリになってて、めちゃくちゃ焦って、どうしようって感じでしたね。ライブが始まる前に入って、会場に立たせてもらった記憶がありますね。気合入ってんなってみんなにいじられて」
布 川「ピースの綾部さんがキングオブコントの準決勝で、赤坂BLITZの舞台に立ったことがないから前日か何かに見に行った話をしていて、その年は決勝まで行って。確かにな~と思って、そりゃ立ったことがないとあるじゃ、ある方がいいに決まってますから、めっちゃ恥ずかしいですけど、見るべきだなと思って行きましたね」
ひとボケ足したのが奏功!?
そして、ついに難関の準々決勝を突破した。
布 川「信じられなかったですね」
みちお「僕は勝手に行ったと思ってました」
布 川「1ボケだけ足したんですよね。前日ぐらいに作家さんにネタを見てもらって、そのときに1個だけ案をもらって、それは結構反応があって、それがなかったら落ちていたかもしれません」
闇から光が…初の決勝に「マジ!?」
そして、その勢いのまま準決勝も突破し、決勝の舞台まで駆け上がった。
布 川「呼ばれたのは(9組中)8番目だったかな? 僕は落ちてるなと。受かるとか受からないは大体当たるので、これはダメだと思ってたら、呼ばれたので『マジ!?』ってなりました」
みちお「行ったと思ってたけど、全然呼ばれないから、ないんだと思ってましたね。ないと思った瞬間に言われたから、一瞬反応遅れましたね。土の中で生活していて、いきなり光を見る、みたいな感じでした」
布 川「LINEもベタに500件ぐらい来ましたね。あれは人生のハイライトですね。自分で言うことじゃないですけど、M-1の18年決勝のメンバー(※)、過去の歴史の中でも一番いかついと思う。全員MCクラス」
みちお「マジでいかついよね。MCクラスだったり、ネタが化け物だったりとか。ギャロップさんもTHE SECONDで優勝したし。ジャルジャルさんのネタがマジで面白かった。袖で見てて、めっちゃ感動したのを覚えている」
(※2018年の決勝進出コンビ:霜降り明星、和牛、ジャルジャル、ミキ、かまいたち、トム・ブラウン、スーパーマラドーナ、ギャロップ、見取り図、ゆにばーす)
2本目に未公開ネタ披露した和牛
布 川「和牛さんで腰抜かしましたね」
みちお「出番は俺らのあとが霜降り明星で、そのあと和牛さん。その辺、記憶が混濁していて、ちゃんと見られていない気がする」
布 川「和牛さんが準決勝でゾンビのネタをやったんですけど、『これ、すごー!』と思ってたんです。決勝の1本目でそれをやってて、2本目は予選で1回もやってないネタをやっていたので、腰抜かしましたね」
みちお「オレオレ詐欺のネタだ!」
布 川「そりゃ負けるわ、と思いました。そんな1本とか2本とかしかないやつが。それはめちゃくちゃ鮮明に覚えてます」
相方越しに見える大御所に…
決勝の会場にいる大御所の審査員や観客がつくり上げる空気感。あの舞台で味わった特別な時間は鮮明に覚えている。
布 川「僕は本当に1組目でもいいからと思ってました。行けるでしょ、って思ってましたけど、今思うと本当に8番目で良かったです。僕ら、いまだに20人キャパぐらいのところでもトップだったらスベります。だから8番目はかなり良かった。僕らの前がミキで正統派だったから、よりギャップが。あと(空気が)重かったんですよね、その年のM-1が。僕らは重い方がやりやすいんですよ。だから悪くなかったのかもしれない」
みちお「(ステージは)絶対に緊張すると思っていたので、せり上がりの瞬間に笑うことだけは決めていて、笑ったら落ち着きました。布川はずっと大丈夫そうな雰囲気がありましたけど」
布 川「めちゃくちゃ気持ち悪かったですよ、みちお」
みちお「最初は笑顔で出られて楽しくやっていたんですけど、僕の方の目線が布川越しに審査員の方々、上沼恵美子さん、松本さんがズラッと見えるんで、ちょっとずつ緊張してたんですよ。布川はいいよな」
布 川「僕はみちお越しの上戸彩さん(笑)。最強。みちお越しの上戸彩さんが一番です」
みちお「最後のところは口の中の水分が全くなかった。パッサパサのパもない、みたいな」
布 川「僕ら結構、反応悪くなかったかなと思ってたんですけど、M-1のDVDを見直したら3ボケしかウケてなかったですね(笑)」
みちお「ウケるとかじゃなくて、ザワザワしてました。ギリギリごまかせてましたね」
布 川「松本さんに審査してもらったのは嬉しかったですね。どういう風に見てくれるのか、っていうのもありましたし。立川志らく師匠も高評価で、いまだにいろんなところで言ってくれるので、志らく寄席をやってほしいです」
決勝の負けは伊藤に気付かされた
狂気なネタで爪痕を残した。大きな失敗もなく、やり切ったという一定の達成感を得ながらも、みちおには少しモヤッとした思いが残っていた。
布 川「何か、負けたとは思ってなかったですね。終わったぁ~、みたいな感じ。そんなに悪かった感覚がなかったので、無事にちゃんとやれたな、っていう感じでしたね。だけど、次の年に思ったんですけど、オズワルドが決勝に行っていて、伊藤くんに決勝が終わったあと、『おつかれ、良かったね』って言ったら、『何が良かったんですか。負けたんですよ、俺たち』って。そうか、負けたっていう感覚があるのかと思って、それで自分らも(去年は)負けたんだって思いましたね」
みちお「僕は『イロモノ枠にしては頑張ったね』みたいなことを結構言われたので、そういうのも相まって、結構悔しかったのもありましたね。正統に勝ちは目指してやっていたので」
初の決勝で得られた達成感と一抹の悔しさを胸に、さらなる栄光を目指したが、その壁はさらに分厚くなった。【続く】
■プロフィール トム・ブラウン ツッコミの布川ひろき(1984年1月28日生まれ)と、ボケのみちお(84年12月29日生まれ)が組む漫才コンビ。ともに札幌市出身。2009年にコンビを結成し、芸能人やアニメのキャラクターを合体させる「合体漫才」という特異なネタで脚光を浴びた。「M-1グランプリ」の最高成績は18年の決勝6位。ケイダッシュステージ所属。