【月1連載】トム・ブラウン「M-1」有終Vへ 奇人の追想③(2019~23年)
最終回は昨年敗者復活戦までの戦い
札幌出身のお笑いコンビ、トム・ブラウンが漫才頂上決戦「M-1グランプリ」のラストイヤーに臨む。ナンバーワンの漫才師を決めるM-1の出場資格は結成15年以内。2009年に結成したトム・ブラウンにとっては最後の年となる。最終回では19年から、話題を呼んだ昨年の敗者復活戦までの戦いを振り返ってもらった。
テレビ仕事が増えた中でのM-1
18年に決勝へと進出し、自信を深めたトム・ブラウン。テレビの仕事が一気に増え、目まぐるしい忙しさの中で19年のM-1を迎えた。
布 川「盗撮の対処法のネタを決勝でやろうと考えていました。そもそも僕の一番好きなネタは合体ネタじゃない。でも、そうじゃないやつだと(決勝に)行けないと思っていた。盗撮の対処法は今もかなり好きなネタなんですけど、19年は決勝に行けたらやろうかなと」
生涯で一番ウケた合体ネタ
ただ、勝ち上がっていくためには代名詞にもなった合体ネタは不可欠。ブラッシュアップしたネタを勝負所で出そうと思っていたが、意外にも3回戦から逆風が吹いていた。
布 川「(合体ネタで)安めぐみさんを作ったネタがあったんですけど、それが19年で一番、反応が良かったです。3回戦で違うネタをやったときには結構、反応が悪かったんです。『爪痕残した系の人はもういいよ』みたいな空気がちょっと流れていて、かなりの向かい風を感じたので、本当は準々決勝で出すつもりじゃなかった一番いいネタを出しました。それが安めぐみさんのやつで、反応が良かった。僕は生涯でウケたのは2回だけしかないと思っているんですけど、そのうちの1回はそれです。あれが決勝だったらミルクボーイに勝ってましたね」
立ち位置があいまいな辛さ
前年ファイナリストの意地を見せつけ、準々決勝でかなりの手応えを得られたことが、少し冷静さを欠く要因となってしまった。
布 川「準決勝も悪くはなかったんですけど、準々決勝ほどウケが良くなくて。ちょっと安心しちゃった可能性があった。慢心したつもりはないですけど、失敗したとは今でも思ってます。冷静にいかなきゃいけなかった。準決勝のミルクボーイは半端なかったです。優勝する人のウケ方でした、準決勝の時点で」
みちお「18年で決勝に行って、テレビに出始めて、前に進んだ感じが何となく自分の中でもあった。もう一回、漫才を突き詰めて賞レースに出るということが、前に戻っているような感覚で、最初はちょっと辛かったです。もう一度、同じことをやるんだっていう感覚がしんどくて、やらなきゃいけないことから目を背けた感じもありました。19年は特にそう思いましたね」
布 川「その頃を覚えてます。ライブ(の話)は僕が大体、持ってくるんですけど、ノルマを払って出るライブの依頼が昔と同じように来てました。僕はどっちかっていうと『おいおい』ぐらいでしたけど、みちおはそれを相当、嫌がっていましたね。『さすがにノルマ払ってって…。前までとは違うよ』みたいな」
みちお「そうですね」
布 川「それなのに同じステージにいるような感覚で言って来るから『それはちょっと待ってよ』と言っていた記憶はありますね」
みちお「ちゃんと考えれば、別に何も変わってないというか、やることは同じはずなのに、偉くなったつもりになっちゃっていた気がします」
布 川「ノルマ払っては変ですけどね(笑)。僕らも一応、ノルマを払って、というのは、もうほぼなかったんです。一回、池袋のライブでサンシャインシティの人通りのすごいところで『待ってくださーい』って走って来て、『どうしました?』って言ったら『ノルマもらってないです』って。『マジ? そこまで?』って思いましたよ(笑)。払いましたけど。どっかで(ネタとして)しゃべれるし」
19年に負けた直後、湧き出た感情
そして、敗者復活戦でも敗れると、布川にはこれまで感じたことのない感情が生まれていた。
布 川「19年の敗者復活戦で一番覚えているのは、負けたあとに楽屋でみんなと一緒に(決勝を)見ていたときに、最初、カミナリが帰って、ミキも天竺鼠さんも途中で帰ったんですよ。僕はぺこぱが出るから見たいなと思っていて、錦鯉さんと見ていたんですけど、見ているうちに初めて『何か見たくないな』という気持ちになってきた。自分がいる可能性のあった場所だったので、『うわ、見てらんねぇ。だからカミナリとか、みんな帰ったんだ』と。やっぱり決勝を一回、経験している人って見てられなくなるというか、みんなで応援して見てられなくなるんですよね。ぺこぱだから残りましたけど」
みちお「結局、ぺこぱはネタを2本やったしね」
布 川「そう。だから最後まで見ましたけど、その感覚は初めてでしたね。そういう嫉妬する、みたいな気持ちは。見ていて、嫌でしたね」
みちお「逆に僕は普段、1人で見るので、割と楽しんで見てました。良くないって言ったらあれですけど、自分のいい精神状態ではなかった気がしますね。緩んでたんじゃないかなと、すごく思います。これがまた今年のラストイヤーが終わったら、また楽しんで見られるんだなと思ってます」
布 川「その年の敗者復活戦後に、錦鯉さんと飲みに行ったんですけど、僕が長谷川さんにタクシー代を渡したんです。ちょっとまだ返してもらってないので、早く返してほしいですね。『いいの~? 絶対、返すからね』って言ってたのに、まだ返してもらってない」
多忙を極め、なくなった記憶
前年にM-1決勝進出を果たし、仕事が一気に忙しくなったことも少しリズムを崩した要因だった。
みちお「賞レースそのものというよりかは、賞レースのための準備に、最初グッと気持ちが入るまでにちょっと大変でした。明らかに忙しさも違ったので」
布 川「2月に一回、記憶のなかった収録もあった」
みちお「『ダウンタウンDX』じゃない?」
布 川「それは完全に全部覚えてる。スベりすぎて。スベりすぎたので、1文字も忘れてない(笑)。あんなにスベったから」
みちお「もう忘れた方がいいよ(笑)」
布 川「忘れられないんだよ、あんなにスベったから。記憶がなかったのは全然違う収録で、何の番組かというのもあんまり覚えてないんですけど、収録も最初から最後まで記憶がなくて、『あれ? これやばいな』と思いましたね」
みちお「職業が変わったぐらいの感じがあった。地下芸人からバイトして生き延びていた感じから。そこに合わせつつ、漫才はライブに出て細かく直すしか方法がないので、そこの境目でちょっとしんどかった記憶があります」
芸人が試されたコロナ禍
未曾有のパンデミックにも見舞われた20年。お客はマスクを着用して観覧し、入場制限が細かく設定されるなど、会場は少し異様な空気感に包まれていた。その中、準々決勝で「盗撮の対処法」ネタを披露した。
布 川「20年はコロナ禍だったので、笑っていいのか? っていう雰囲気は漂ってましたね。それでもめちゃくちゃウケてる人はいた。それこそ錦鯉さんはめちゃくちゃウケてて。ウケる人は関係なく笑う」
みちお「それこそ緊急事態宣言が発令される3、4日前ぐらいに無観客無配信ライブを企画したけど、それすら中止にしました(笑)」
布 川「でも、僕らの方がまだやりやすかったかも。僕らは一応、形はあるけど、若手の子は形をつくらなきゃいけないのに、ライブのお客さんが少ないから判断できないというか。若手の子は大変だっただろうなと思います」
みちお「20年の準々決勝は合体ネタじゃないやつをやってみようと。どうせダメでもこれをやりたくて、まだ出続けているみたいなところもあったので」
布 川「盗撮の対処法のやつを決勝でやりたかったんですけど、準々決勝で落ちたので、結構やる気がなくなりましたね」
みちお「ちょっとずつ落ちている感じも、やる気を削がれている要因ですかね」
布 川「僕は段階が落ちているのはあんまり関係なくて、『このネタで準々決勝、落ちちゃうかー』って、やる気がなくなりました」
錦鯉の優勝に嫉妬はしない
20年は錦鯉が優勝。長年、苦労する姿を見ていたこともあり、自分たちのことのように喜んだ。
布 川「嬉しかったですね~。錦鯉さんの優勝を祝えない人は人間として終わっていると思いますよ(笑)。1人も聞いたことがないですね、錦鯉さんの優勝で嫉妬してる人は。もしいたら、ひっぱたきますよ」
みちお「年上の人ぐらいじゃない?」
布 川「年上でもさ。錦鯉さんってライブシーンでずっとめちゃくちゃウケてるんですよ。だから、いつ(頂点に)行ってもおかしくなかった。あれだけずっとウケててダメだったら、辞めちゃうんすよ、普通。それがすごいですね。あと、人も良い人ですし。もちろん、お金を返してくれていないことは恨んでますけどね。忘れてるでしょうから(笑)」
みちお「本当に、震えましたね。優勝した! っていう。すごくエネルギーをもらった感じはあります。あんなジジィが優勝するんだって(笑)」
布 川「僕は長谷川さんが札幌吉本のときに、ビデオテープを何回も見せられた」
みちお「これがピン芸人だよって」
布 川「そうそう。マネージャーから『これを100回見ろ』って渡されて、長谷川さんのピンネタを100回見せられた」
変な色気を出していた時期
21、22年は準々決勝敗退。3年連続で準決勝に勝ち上がることができなかった。
布 川「結構きつかったですね。盗撮の対処法がダメだったから、どうしようかなっていう感じはありましたね」
みちお「ここからまた合体ネタに近い感じで、どうにかずらしてやれないかなっていう感じでした。試行錯誤すること自体は悪いことじゃないかもしれないですけど、変な色気を出して、ちょっと変わったネタをやろうっていう時期だった気がします」
布 川「全部が成功したら(決勝に)行けるかなとは思ってましたけど、今思うとそんな甘くない。全部がうまくいったら、ぐらいのことって神頼みみたいなことですもん。それじゃあ、無理ですよ」
みちお「僕は悪い肩の力の入り方していた気がします。テレビに出てるからいいじゃんっていう空気も何となくありつつ、『やってやるぞ』と、やる気のスイッチを自分で無理矢理入れてやっているせいか、無理な肩の力の入れ方していた気はしますね。20、21年は」
「爆笑問題の検索ちゃん」に感謝
それでも踏ん張ってこられたのは、あるネタ番組の存在があった。
布 川「何とか粘れたのは『爆笑問題の検索ちゃん』のおかげだと思います」
みちお「ああ、そうだね」
布 川「『検索ちゃん』が盗撮の対処法とか、そういう僕らのネタをやらせてくれた。毎年呼んでくれて、M-1ダメだったけど『検索ちゃん』で出せる、みたいなところがあった。『検索ちゃん』では反応が良い方なので、『検索ちゃん』でできたからいいかと切り替えられた気がします。だからかなり感謝してますね。(爆笑問題の)太田さんは頭おかしいですし(笑)」
みちお「爆笑(問題)さんがおもしろがってくれて、ありがたかったですね。芸人が見ている場は我々にとって、ありがたい感じがありますね。笑ってくれる感じがあるというか」
布 川「『検索ちゃん』がなかったら、折れていたかもしれないです」
みちお「確かに」
布 川「MCクラスの人ばっかりでネタをやっているんですけど、そこに僕らを入れてくれていたので、ありがたかったですね」
小さな箱で新ネタライブ 思わぬ白熱バトル発展も…
そして昨年、敗者復活戦で敗れたものの「スナックの迷惑な客をどう注意するか?」という設定のネタで、世間を狂気の渦に巻き込んだ。
布 川「最初に完成したのは4月末とか」
みちお「『とにかく何でもいいからおもしろいと思ったものを出す場所がないとダメかも』と布川が言ってネタライブをやり始めて、そのやり方が良かったと思ってます」
布 川「1カ月から45日に1回、3、40人ぐらいしか入らない小さい箱で新ネタライブを始めました。一応、僕らは300人ぐらいのところは単独ライブだったら埋まったりするんですけど、小さいところでスベってもいいからネタライブを始めたら、HEY!たくちゃんさんから連絡が来て『分かってるな、お前ら。さすがだな。いいよ。トム・ブラウンは分かってる』というお言葉をいただきましたので、間違ってないんだなと思いました(笑)」
みちお「22年までは単独ライブで新ネタやる感じでした。ある程度できたものを見せる。ちょっとした責任じゃないですけど。でも、小さい箱でやる感じだったので、お客さんも肩の力を抜いて来てくれる感じだった。いい意味で責任を放り出した感じのライブが何か良かった気がします。『4545(しこしこ)ライブ』っていうライブなんですけど、女子高生が日焼けマシンに入っていて、その剥げた薄皮を自分の皮膚に貼って、女子高生になりたいっていうネタを本当はやりたかったんです。でも『ダメだ』って布川に言われました」
布 川「推してきてましたけど、これはどうやっても良くならないっていうことを3時間ぐらいはしゃべった記憶があるので、3時間を返してほしい」
みちお「でもその前に、崖から落ちそうな人を、その辺の野良のボディビルダーが助けるというネタをやったんですけど、全くウケなかった。しゃべくり漫才じゃなくて、あるシチュエーションに入って『ダメー』って言われて、毎回やり直すことを何個もつなげていく感じ。今思うと、野良ボディビルダーと、女子高生の薄皮を貼って女子高生になりたいっていうネタがなかったら我々は…」
布 川「それ以上言うな!」
みちお「敗者復活戦で…」
布 川「それ以上言うな!」
みちお「敗者復活戦でやったネタはできなかった」
布 川「言うなって言ってんだろ!」
みちお「何でだよ!」
布 川「そんなことねーんだよ。あんなカスネタ(笑)。あの時間がなかったら、もっと早く完成したかもしれない」
みちお「漫才コントをつなげていく発想はやっぱり野良ボディビルダーから」
布 川「そんなことねーよ。単独ライブのトリでそれをやって、昼公演終わったときに各関係者が『夜も頑張ってくださいね』って気を遣ってたよ」
みちお「自分ら的にはめっちゃおもしろいのができたと思い込んでたんですけどね。めちゃくちゃスベりました」
布 川「急いで、夜公演は別ネタを探して…。危なかった。M-1に出続けて良かったなと思うのは、19年はちょっと向かい風みたいな感じだったんですけど、ずっと出ているので『あれ? こいつら、本当にM-1でネタをやりたいから出てるんだな』と。追い風は吹かないですけど、ちゃんとネタを見てくれるようになった気がしますね。フラットで見てくれる。おもしろければ笑うし、おもしろくなければ笑わない。ずっと出てたからだと思うので、それは良かったです」
みちお「余計なことを考えながら見られるより、めっちゃありがたいです」