《元赤黒戦士の現在地・芳賀博信後編》ケガに苦しんだ現役晩年 震災時のサポートがセカンドキャリアの原動力に
東日本大震災で故郷に甚大な被害
北海道コンサドーレ札幌でキャプテンを務めた芳賀博信さん(41)の「元赤黒戦士の現在地」後編は、現役生活の晩年となった2011年以降について取り上げる。(以下、敬称略)
4年ぶりのJ1復帰を目指してスタートした11年シーズン。札幌は3月5日に敵地で行われた愛媛との開幕戦に0-2で敗れ、ホーム開幕の北九州戦に向けて調整していた同11日に東日本大震災が発生した。芳賀の生まれ故郷である宮城県は、地震と津波で甚大な被害を受けた。
支援活動で大きくなった札幌の存在
Jリーグの全試合が無期限延期となる中、芳賀はチームで実施したチャリティー活動に積極的に参加し、故郷の復興支援のために尽力した。「チャリティー活動をやっていた中で、サポーターにもすごくたくさん来ていただいて。そのときに、より北海道、札幌という存在が自分の中で大きくなって、これをどこかで返さなければいけないなという思いが芽生えた」。
左足裏の慢性的な痛みが限界に
約1カ月後の4月下旬にJリーグが再開。芳賀は前年までと同様にチームの主力として活躍していたが、6月のアウェー大分戦で左足底腱膜炎を発症して負傷退場。ここから芳賀の苦闘の日々が始まる。
「慢性的な痛みから始まって、それでも続けてやっていて。最初は痛み止めを飲みながらできていたのが、それも効かなくなって(痛み止めの)注射を打っていた。その中で左足を踏み込んだ瞬間にバリッという感じになってしまって。そこで(出場が)難しくなって」
復帰後も再発を繰り返す 昇格を喜ぶチームの裏側で…
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2カ月後のアウェー富山戦では途中出場で復活を印象づけるも、先発復帰した次戦のホーム千葉戦で再び同箇所を負傷し、再び長期離脱を強いられた。「完全に治っていたわけではないので、また痛めるんだろうなとは思っていたけど、次(の試合)で、即とは。まだダメだったんだ、という感じだった」。
芳賀が再びピッチに戻ってきたのは再発から3カ月が経過した11月下旬のアウェー湘南戦。続くFC東京との最終戦にも途中出場した。そこで勝利した札幌は4年ぶりのJ1昇格を達成したが、芳賀は再び同箇所を痛めていた。「自分の足のことで精一杯で、(昇格に関して)そんなに言えない状況で。(自身)2回目の昇格は、ケガで全然貢献できたイメージがない」と、昇格を喜ぶチームの裏側で自身は不安と戦っていた。
12年終盤に復帰もオフに契約満了
再起を図るために翌12年3月に左足裏の手術に踏み切ったが完治には至らず。痛みに悩まされる日々はさらに続いた。シーズン終盤にようやく先発復帰したものの、その年のリーグ戦は9試合の出場にとどまり、オフには契約満了が発表された。
退団が決まった後、芳賀の元には複数の獲得オファーが届いたが、「この状態でやるんだったら、やらない方がいいんじゃないかなと。最終的には医者から『もう1回やったら足を引きずりながら歩かなければいけなくなる』と言われたのが決め手になって」と、そのまま現役を引退することを決断した。
石崎監督からの厚い信頼
現役最後の2年間はケガとの戦いだったが、その中でもプレーを継続したのは、当時のチームを率いていた石﨑信弘監督(66)からの厚い信頼があったからだ。「最後の方は、土曜に試合して、日、月、火、水と休んで、木曜に復帰して。金曜に調整して土曜試合、というのをずっとやっていて。『それだったらやりますよ』と言ったら、石さんがそれでもいいって言ってくれて。そう言われるのも選手冥利に尽きるので、そこまで言ってくれるんだったらやるかと」。芳賀の退団と同時に監督を退任した石﨑監督からは、最後に「ごめんな」との言葉があったという。
引退に後悔なし この先も北の大地で
苦闘の末、つかんだプロサッカー選手。晩年も思うような活躍はできなかったが、「プロになったときから、30歳までできればいいと思っていて。一年一年、勝負しながらやった結果、30歳で引退という形になったので、自分の目標としては達成できたかな」。
9年間でJ1、J2通算の出場数を211まで積み上げたが、「数字は特にこだわっていなくて。プロの世界なので、1、2試合とばしたら(他選手に)レギュラーを取られるかもしれないという危機感を持ちながらやっていて。その中で足をケガして選手生命を短くしたのかもしれないけど、後悔はない」と、完全燃焼した現役時代を振り返る。
プロ生活、そしてセカンドキャリアと、気づけば20年近く北海道の地で活動を続けている。今後も愛着ある北の大地を舞台に、さまざまな活躍を見せてくれるはずだ。
【札幌サポーターへのメッセージ】
現役を辞めてすごく感じるのは、こんなに熱い、一生懸命なサポーターに応援してもらっていたんだなということ。東日本大震災のときに、すごく僕自身、力をもらって、それがきっかけで北海道に残って、何か恩返しができないかと考えている要因でもあるので。その恩返しができるように、今後も自分自身頑張っていきたいなと思っています。
■プロフィール 芳賀 博信(はが・ひろのぶ) 1982年12月21日生まれ、宮城県出身。仙台育英高から仙台大に進むが、大学を中退して市原(現・千葉)のアマチュアチームに加入。2004年9月にトップチームへ昇格する。06年に札幌へ完全移籍すると、全48試合中46試合に出場し、チームの主力に定着。翌07年にはキャプテンに就任し、J2優勝、J1昇格に大きく貢献した。11年には札幌で2度目のJ1昇格を経験し、翌12年シーズンをもって現役を引退した。札幌での7年間のJ1、J2リーグ通算成績は210試合出場2得点。現役時代のポジションはMF。