札幌DF岡村大八がペトロヴィッチ監督に恩返し誓う「ここまで成長できたことに感謝しかない」
雪の中練習を行うDF岡村=撮影・工藤友揮
■12月5日、札幌・宮の沢白い恋人サッカー場
北海道コンサドーレ札幌は8日のホーム柏戦(プレド)に向けて、ボール回しなどで調整した。前日4日に7シーズンにわたって札幌の指揮を執ってきたミハイロ・ペトロヴィッチ監督(67)の、今季限りでの退任が正式発表。薫陶を受けてきた選手の1人であるDF岡村大八(27)が、名将への感謝の思いを胸に、今季ラストゲームに臨む。
申し訳なさと悔しさ「本当にそれだけ」
岡村はここまでリーグ戦32試合に出場し、今季も主に3バック中央で、札幌の守備の要として奮闘してきた。それだけに前節広島戦の前日に決定したJ2降格という結果に、責任を感じている。「札幌を応援してくれている全ての方々に、申し訳ないという気持ちと、悔しい気持ち。本当にそれだけです」と、悔しさをにじませた。
2024年シーズンも、ホーム最終戦を残すのみ。「(目指すのは)勝ちだけ。自分たちのプライド、応援してくださっている方々への感謝を、プレーでまだ示す機会があるので、ただ勝つことだけ考えて戦いたい」。苦しいときも支え続けてきたサポーターへの感謝を忘れずに戦いきるつもりだ。

「お父さんのような存在だった」
感謝を伝えたい人は、もう1人いる。21年の札幌加入から、4シーズンにわたって指導を受けてきたペトロヴィッチ監督だ。「ミシャの集大成でもあるので、ミシャへの感謝を込めてプレーしたい」と、共に戦う最後の試合で、恩返しを果たそうと強く思っている。「お父さんのような存在だった。自分が成長できたのもミシャのおかげだし、僕が(移籍先に)札幌を選んだのもミシャがきっかけ。そのミシャの下で使ってもらえて、ここまで成長できたことに、本当に感謝しかない」。
移籍当初はミシャサッカーに順応できず…
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今でこそ不動のレギュラーとなった岡村。だが当初はミシャサッカーになかなか順応できず、加入初年度の21年は、リーグ戦出場21試合のうち、先発での出場はわずか4試合にとどまった。「序盤は右CBで使われることが多くて。可変システムで(攻撃時に)4バックの右(SB)になることが多かったけど、タイプ的にも自分が右というところで(うまく行かなくて)。なかなか真ん中を任せてもらえなかった」。
2年目に先発定着のきっかけつかんだ
翌22年も開幕当初はベンチを温める機会が多かったが、シーズン途中から先発メンバーに定着。きっかけとなったのが、5月7日のホーム京都戦(1〇0)と、6月の広島とのルヴァン杯プレーオフステージ2試合だ。後者については「負傷していたけど、このチャンスは絶対逃せないと思ったので、強行出場して。その中でもいいプレーができた」と振り返る。
強い選手とマッチアップしてこそ
特に京都戦では、GWの過密日程を考慮して欠場したMF宮澤裕樹(35)に代わり、3バック中央の位置で先発出場すると、当時J1得点ランキングトップだったFWピーター・ウタカ(40)をシャットアウト。チームの完封勝利に貢献すると、同戦を境に出場機会が増加。初夏を迎える頃には主力として定着し、同年出場したリーグ戦26試合のうち、先発出場数を21試合まで伸ばした。「真ん中で使ってもらえるようになったのが一番大きい。強い選手とマッチアップする機会が多い方が自分の特長が出せるし、相手FWをしっかり抑えられるところを見せられたのが大きいんじゃないかな」。

白星で指揮官送り出す
持ち前の守備の強さを発揮しつつ、加入当初は不安定さが見え隠れしていたパスワークの面も年を追うごとに成長。先発出場数も23年は30試合、そして今季もここまで31試合と、右肩上がりで伸ばし続け、今やJ1を代表する強力DFの1人として名を連ねるまでになった。憧れていたミシャの指導で進化を遂げた〝北の番人〟が、白星で指揮官を送り出すべく、柏攻撃陣をシャットアウトする。