ファイターズ
≪記者の目≫ 「努力」と「根性」漂わせた鶴岡
「鎌ケ谷(2軍)には戻りたくないんです」と鶴岡はよく言っていた。入団テストを受け、自らの力だけでプロの扉をこじ開けた捕手は、体全体から「努力」と「根性」が漂う選手だった。
決して大柄ではなく、体の線も太くはないが「いいんですよ。捕球するときの安定感を含め、いい捕手を獲りましたよね」と話してくれたのは現役時代の岩本勉さん(本紙評論家)。初めて1軍に招集された時、ロッカーでうろうろしていた“新参者”を「なにしとんねん。ここ座れ!」と岩本さんは横を解放し、1軍でのリズムや過ごし方を伝授していた。人徳だろう。周囲が声をかけたくなる選手だった。
記者の印象は背番64時代が強烈に残っている。ユニホームだけではなく、いつも顔まで泥だらけ。野球がうまくなりたい、1軍に上がりたい。穏やかな物言いとは裏腹に、グラウンドで見せる一途な姿は、その存在感を周囲を納得させるまでに時間はかからなかった。
努力することは当たり前であり、強い気持ちを持ち続けることの大切さを19年間、示してくれた。「精いっぱいやりましたから」と、北海道移転を知る選手がまた1人、去る。ダルビッシュら超一流の豪球を受け続けた左手は厚く、思いが詰まっている。鶴の勲章だ。
(報道部長・平澤芳明=02~07年日本ハム担当キャップ)