【10年前の忘れもの】⑦夏の甲子園最後のエース・西嶋亮太(28)選抜甲子園出場の東海大札幌高へ必勝エール
超スローカーブが社会現象になりダルビッシュが持論展開
2014年夏のエース西嶋亮太さん=撮影・西川薫
2014年夏 21年ぶり勝利挙げたエース
3月18日に阪神甲子園球場で開幕する選抜高校野球大会に東海大札幌高が10年ぶりに出場する。2016年春に東海大四から校名変更後は初。道新スポーツデジタルでは歴代のOBらから後輩への必勝エールを取材。「10年前の忘れもの」と題してお届けする。第7回は2014年夏に21年ぶりに勝利を挙げた西嶋亮太さん(28)。テレビの視界から消える〝魔球〟超スローカーブは、メジャーリーガーのダルビッシュ有さん(38、当時レンジャーズ)を巻き込み論争を呼んだ。(学年は当時、敬称略)
〝計測不能〟スコアボードに表示なし
11年前の夏、九州国際大付戦で見せた計測不能の魔球は、いまも甲子園ファンの語り草だ。4-0で迎えた四回。先頭打者へ自称50キロ台のスローカーブはゆっくりと大きな弧を描いて捕手のミットへ。スコアボードには球速表示はなし、中継したテレビカメラの枠からも一瞬消えるほど。南大会よりも、さらに高さのあるボールにスタンドはざわついた。「勝てると思ってないじゃないですか。行けるだけで、ってことで、自分のできること、最大限に、ってところで、最大限にやりました」。結果は12奪三振、1失点完投勝利。マウンドを思いっきり楽しんだ。
2014年8月14日、全国高校野球選手権大会の九州国際大付戦・八回、清水(現日本ハム)に魔球を投じた西嶋(左)
球速差を出すため編み出した遅球
小柄な西嶋の最速は142キロ。球速差を出すために編み出したのが遅球だった。打者の目線を上げる効果を狙うなど、決して打者をばかにするような意図はなかったが、九州国際大付戦後、元アナウンサーがツイッターで批判するなど、当事者をよそにネット上では場外乱闘が起きた。そこに加勢したのがダルビッシュだった。ツイッターで「自分としては一番難しい球だと思ってます。言ってる人はピッチャーやったことないんだろうなと思います」と発信したことで事態は沈静の方向へ向かった。
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「うれしかったっすよ、素直に。でもそれでやるべきことが変わったか、と言われたら、別に変わってないですし、それで僕の能力が上がるか、って言われたら、別に上がらないですし。それは一つの仲間として、ファンだと思って思い切ってやろうと」
2014年8月19日、全国高校野球選手権大会の山形中央戦・七回、魔球を投じた西嶋
その夏一番の快投は甲子園ではなく…
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実は甲子園の快投よりも、南北海道大会準決勝の札幌日大高戦が、その夏一番の会心の投球だった。エースとして挑んだ2年秋の全道大会準決勝で、駒大苫小牧に延長十二回の死闘の末に敗戦。1学年後輩の日本ハム・伊藤大海ら3投手の継投の前に完封負けを喫した。駒大苫小牧はそのまま優勝。翌年春のセンバツ甲子園では伊藤が1年生ながら完封勝利した。
2013年10月12日エースとして挑んだ2年秋の全道大会準決勝で、駒大苫小牧に延長十二回の死闘の末に敗戦した西嶋(中央右)
伊藤大海擁する駒苫に敗れリベンジに燃えたラストイヤー
ラストイヤーは「それを目標にやってきました」とリベンジに燃えた。南北海道大会では互いに順当に勝ち進めば、再び準決勝で対戦するはずだった。ところが、駒大苫小牧は準々決勝で札幌日大高に敗戦。相手は変わったが「僕らのその壁、決勝に行く、という壁を超えるって意味では、そこだった。しかもそれが、駒大を倒した日大」。燃えないわけがなかった。
狙って六回参考ノーヒットノーラン
2回戦の札幌第一戦に完投勝利も5失点。「いろいろチームの中で気を抜くな、ああだこうだって日大戦を迎えて。その試合、ノーヒットノーラン狙ってノーヒットノーランしたんですよ」。先発すると、超スローカーブも交えて打たせる投球で凡打の山。六回参考ながら無安打無失点。これで勢いに乗ると小樽潮陵との決勝戦は1-0の完封勝利。結局、南北海道大会1回戦からから甲子園2回戦の山形中央戦まで、6試合全て一人で投げきる離れ業を演じた。
2014年7月22日南北海道大会準決勝対札幌日大高戦、六回参考ながらノーヒットノーランを達成しグラブを叩く西嶋
JR北海道を引退する際に、あの人へメッセージ
ダルビッシュとはそれっきりだったが、西嶋は卒業後にJR北海道で4シーズンプレー。その間、4年連続で都市対抗に出場。日本選手権にも3度出場した。引退する際、「インスタのメッセージで『引退しました。あの時ありがとうございました。あれを機に頑張ることができました。別世界行きますけど頑張ります』」と送信。すると、本人から返信が届いた。「あの時もそうだけど、個性をつぶす、個性のない大人にはならないでくださいねって」。野球を引退したあとも、今もその言葉は胸に残っている。
2015年3月17日、JR北海道野球部新加入選手お披露目会での西嶋
聖地に臨む後輩たちへ「勉強してきて」
5年前から勤め先の社長が懇意にしているソフトバンクの近藤健介(31)が主催する1月の徳之島合宿をサポートするなど、今も野球界と接点は続いている。10年ぶりのセンバツ甲子園に臨む後輩へ「勉強してきてほしい。うらやましいっすよ。夏の大会前に甲子園に行けるのは。僕、九国に勝ったけど、学べるところ、取り組む姿勢とかたくさんあった。勝って『よっしゃー』じゃなくて、勝っても負けても、なんで勝ったのか、なんで負けたのか、っていう分析しないと。夏、死ぬ気でつぶしにかかってきますからね。まずは1勝」。センバツ勝利は通過点として「夏の甲子園に最後に出たエース」の記憶を、後輩たちが塗り替えてくれる日を待ちわびる。