連載「FtoF」③今季限りで現役引退「広報マン」へと転身する鈴木遼太郎さん
社会人野球を経て 今季限りで現役を引退
日本ハム(〝F〟IGHTERS)に在籍した元プロ野球選手に、未来(〝F〟UTURE)への展望を聞く連載「FtoF」第3回。社会人野球のエイジェックを経て、今季限りで現役を引退する鈴木遼太郎さん(26)にスポットを当てる。2021年まで日本ハムでプレーした右腕は、人当たりの良さを武器に『広報マン』として第二の人生をスタートさせる。
プロ野球のシーズン佳境に入った9月。鈴木さんはユニホームを脱ぐことを決め、日本ハム時代のチームメートらお世話になった人たちへ連絡を入れた。
「人生は野球だけではない。早いうちの方が失敗もできる」
「会社側からいらないよと言われましたし、自分も1年間やって引け目を感じていました。やりきったし、すっきり辞めました。もう1年やろうかなという時に気持ちが入らなかった。人生は野球だけではない。次の世界に進むためにも、早いうちの方が失敗もできると思いました」。
今季から社会人野球のエイジェックに入団。現役続行を模索するか悩んでいた時、ロッテなどで活躍した小林雅英投手総合コーチが声を掛けてくれた。
「雅さんが30代の失敗と、20代の失敗は違う意味を持つ。30前に違う世界に出て、失敗して成長しなさいと言われました。それが今のモチベーションになっています」。
けがに泣いたプロ生活 人との出会いが財産
6歳から野球を始め、宮城・石巻西高から東北学院大を経て17年のドラフト6位で日本ハムに入団。プロ入り後は、1年目に右肘の靱帯(じんたい)を損傷するなどけがに泣いた。20年オフに戦力外通告を受け、21年は育成選手としてプレーし、計4年間で1軍登板は1試合のみ。苦しいことの多いプロ生活だったが、人との出会いが財産となった。
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同期の清宮幸太郎、田中瑛斗ら 「特に頑張ってほしい」
「プロでは、たくさんの人と出会えたことが思い出です。すごい人がいるなという印象もありました。同期に清宮(幸太郎)がいたのもありますね。いま(チームを)離れてみると、スーパースター的な存在。でも実際、同期の清宮はスーパースターというよりお坊ちゃま。立派な実家に行かせてもらいました」。
日本ハム退団後も、仲間たちとの交流は続いている。引退を決めた際には、清宮らドラフト同期にグループLINEで報告。今年7月7日のロッテ戦(ZOZOマリン)で、育成から支配下に復帰した同期の田中瑛斗がプロ初勝利をマークした際は自分のことのように喜んだ。
「育成に落ちた時も悩んでいたので、瑛斗の勝利はうれしかった。1年目から仲が良かったので、先輩後輩ではなく、友達みたいな感じ。支配下になった時にテレビ電話で話したり、ちょこちょこ連絡を取っていました。やっぱり同期には、特に頑張ってほしいですね」。
今後は社業の広報などに専念 「今できること、学べることを学びたい」
エイジェック硬式野球部を退部し、今後は社業に専念。ベースボールアカデミーのコーチと並行して、会社が運営する野球チームの広報を務める。硬式野球部だけではなく、今季お笑いコンビ・ティモンディの高岸宏行が入団して話題になった独立リーグの栃木ゴールデンブレーブス、女子硬式野球部のPR役も担う。
「大変だなと思います。でも、今できること、学べることを学びたい。イベント企画、運営もしています。広報だったり、マーケティングだったり、今しかできないことをやろうかなと思っています」。
物腰の柔らかい人柄は、鈴木さんの魅力の1つ。人との縁を大切にしながら、見聞を広めていく。