哲学の根底にあるもの 年末特別インタビュー連載《ミシャイズム再考》③
■年末特別インタビュー
北海道コンサドーレ札幌のミハイロ・ペトロヴィッチ監督(65)のインタビュー連載「ミシャイズム再考」の最終回は、その哲学の根底にある部分に触れてみたい。
クラブへの思い「キャリアが終わってもいい。強くなるために全身全霊でチームをつくる」
「私は常に自分が所属するクラブに対して、自分のキャリアがここで終わってもいい、という思いで仕事をしている。そして常に自分のクラブがベストだと思っている。とにかくクラブが強くなるために全身全霊を懸けてチームをつくり、戦う。私自身は、何が何でもお金を掛けてチームが勝ち、名声をとどろかせようとは思っていない。例えば30億円のお金を掛けて選手を補強し、優勝争いをするようなチームはつくるが、次の年にクラブが破産してしまうような仕事はしたくない。私は常にクラブと『予算に合ったチームをつくっていこう』『クラブの経営は健全でなければいけない』という話をする。その与えられた環境の中で、与えられた素材の中で、チームをつくり、選手を育てていく。だからこそチームは私が去った後も、その後を引き継ぎ、長く繁栄していってくれれば。そういう仕事を常に私はしたいと思っている」
クラブの身の丈に合った規模でチームをつくり、選手を育成して攻撃的なサッカーを根付かせ、なおかつ結果をしっかりと出す。そんな難解とも思えるミッションに自身の情熱とパワーを惜しみなく注ぎ、幾度となく結果を出してきた。
現役時代の師がルーツ「守備というのは攻撃と背中合わせ」
連載の第1回で、1―0で勝利している試合の終盤、指揮官はあえて攻撃的な選手を投入するという話をしたが、なぜその考えに至ったのだろうか。そのルーツについても話をしてくれた。
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「私はブランコ・ゼベツさんという非常にすばらしい指導者の下でプレーしていた」と、60年代後半から80年代前半にかけてバイエルン・ミュンヘンなど、ドイツや旧ユーゴスラビアの複数のクラブを率いた名将の名を挙げた。「ハンブルガーSVで監督をしていたとき、1-0でリードしていたが、相手にどんどん押し込まれてきた。選手から『1人FWを削ってDFを入れてくれ』という要求があったので、監督は『OK』と答えて、中盤の選手に代えてフレッシュなFWの選手を入れた。すると2分後にそのFWの選手が得点を決めて2-0になったのだ。それはもしかしたら偶然かもしれないけれども」と、ミシャの〝師匠〟らしいエピソードを教えてくれた。
「守備というのは攻撃と背中合わせのものでなければいけない。攻撃は最大の防御であり、守備は攻撃のためにある。相手がよりリスクを負って攻めてくるのであれば、もちろん守備を考えながら、その隙をついて攻撃することを必ず考えなければならない」。この考えこそがミシャサッカーの根幹なのだろう。
規制緩和で観客が戻ってきた「サッカーはサポーターあってのもの」
また、ドイツ人と日本人のメンタル的な違いについても触れ、「相手の気持ちをとことんまで折りにいくのがドイツ人。2点だろうが3点だろうが、あるいは4点だろうが、そこを容赦なく取りに行く。1―0で勝っていたら、そこから守りに入るのは日本的なメンタリティーなのかもしれない」という。相手と点差がついた時の発想もドイツ的な思考が指揮官の中にもあり、それが日本人の目には攻撃的に映って見えるのであろう。
そしてサポーターも、メディアも、そのような攻撃的なサッカーに魅せられてきた。22年は、新型コロナで制限されてきたことが徐々に緩和された。「コロナがあったことで、私たちは改めてサポーターの重要性を感じることができたし、サポーターがつくり出すスタジアムの雰囲気が、いかに試合の中で影響があるかということを感じることができた。サポーターが歌を歌い、選手を鼓舞し、後押しすることで選手に勇気を与えていたと思うし、その雰囲気が我々のプレーに影響していたと思う。そうしたサポーターの後押しが帰ってきたということは、私にとって非常にハッピーだったのは間違いない。サッカーというものはサポーターあってのものだと思うし、それを改めて感じることができたシーズンだった」。
宮の沢でも見学再開「見てほしいからサッカーをしている。見る人を大切に」
宮の沢での練習見学が再開したことについても「私は常にサポーターが我々の活動を見られる環境にあることが大事だと思っている。我々が毎日どんなトレーニングをしているのかを見られる環境をつくる、あるいはメディアの方々がそれを見て記事を書ける環境をつくる。それが非常に重要だと思っている。なぜならサポーターに見てほしいから我々はサッカーをしているわけだ。非公開にしてはその真逆のことをやっていることになる。サッカーはやはりオープンでなければならない。見る人を大切にしていかなければならない」と歓迎する。
指揮官がこのような哲学を持ち、クラブにその考えを落とし込んでいるからこそ、札幌のサッカーは応援する人を魅了するスリルと面白さがあるのではないだろうか。来季、ミシャイズムがさらに浸透した札幌が、どんな驚きを、そしてどんな喜びをもたらしてくれるのだろうか―。23年シーズンは約1カ月半後、開幕を迎える。
(おわり)