21世紀枠候補・稚内大谷 待望の甲子園切符なるか 元ヤクルト宇佐美さん「みんな楽しみにしている」 27日センバツ出場校発表
「みんな楽しみにしている。行けたら稚内が盛り上がる」
悲願成就なるか―。第95回記念選抜高校野球大会(3月18日開幕、阪神甲子園球場)の出場校が27日に発表される。注目は、21世紀枠候補9校の1つに選出された稚内大谷だ。過去に夏の北北海道大会決勝に3度進出したが、全てサヨナラ負けで甲子園を逃してきただけに地元での期待は高まっている。
同校OBで元ヤクルトの宇佐美康広さん(47)も「過去3回決勝に行って、3回ともサヨナラ負けで、それからずっと甲子園は遠ざかって…。みんな楽しみにしていると思う。本当に行けたら稚内が盛り上がる」と吉報が届くことを祈っている。
夏の北北海道大会3度準優勝
宇佐美さんも〝悲劇〟を経験した1人だ。高校3年で迎えた1993年夏の一戦は忘れもしない。「1番・捕手」で北北海道大会決勝までチームを牽引した。相手は旭川大学高。息詰まる投手戦の中、稚内大谷が八回に1点を先制した。そして九回2死二塁、甲子園まであと1死だった。宇佐美さんも「(打席の)左バッターも涙を流していた。『これ勝ったな』」と勝利を確信していた。
1993年は九回裏2死までリード
打球は平凡な二ゴロで打ち取ったかのように見えたが、二塁手がまさかのファンブル。その後、悪送球も重なり、二塁走者が同点のホームを踏んだ。崖っぷちから生き返った相手に流れが傾き、延長戦の末、1―2でサヨナラ負けを喫した。「崩れ落ちました、負けた瞬間に」
この年に一番甲子園まで近づいたが、その後は決勝の舞台からも遠ざかっている。宇佐美さんは当時と比較して「過疎化で想像以上に街が寂しくなっている。学校も少なくなっているし、中学校野球部も自分のところでできなくて、(他校を)合併したりっていう状況」と低迷の要因を語った。
昨年から母校を定期的に指導
何とか母校の力になろうと、宇佐美さんは昨年8月から定期的にチームを指導している。昨秋の全道大会も円山球場で観戦。1度の指導で教えられる期間は数日と短いため、技術よりも思考の部分に重きを置く。「今回21世紀枠になったことで、目標が近づいてきてくれた。そこで目の色変えて、この冬を越えれば、チームはガラッと変わると思う」。甲子園こそがチームを変えると確信している。
9校中3校にセンバツ切符
日本最北の地から聖地へ―。3つの枠に入れるか、運命の時は刻一刻と迫っている。