《人ほっとコーナー》東京五輪開会式に出演した幕別町在住のダンサー・東海林靖志さん(40)
型にはまることのないコンテンポラリーダンス
次々と動きを紡いでいく。「頭に浮かんだ動きを連鎖させている」と話すのは、幕別町在住のコンテンポラリーダンサーの東海林さん。型にはまることのないコンテンポラリーダンスは、自らテーマやコンセプトを設定し、体で表現する。「表現のスタイルはそれぞれ違う。バレエから入ってきた人もいれば、ストリートダンスだったり、格闘技から入ってきた人もいる」と十人十色だ。
日常生活からアンテナを張り巡らせ、発想のヒントを常に探している。予測できない動きが好みだという東海林さんは「例えばすごい泥酔しているおじさんとか、動きが予想不能じゃないですか。もう(立っているのも)ギリギリで、つり革だけでつながっている状態。ここ(つり革をつかんでいる手)を軸に重心移動したりするじゃないですか」と、千鳥足のおじさんも大きなヒントとする。
15歳からダンスを始め、20代前半で舞踏に目覚める
15歳の頃、テレビでニューヨークのオフ・ブロードウェイショー「STOMP(ストンプ)」を見て、ストリートカルチャーに興味を抱き、ヒップホップダンスを始めた。コンテンポラリーダンスに進んだきっかけは舞踏との出合いだった。20代前半に舞踏家・岩下徹が札幌で開催した公演を観劇し、「ハンマーで殴られたような」衝撃を覚えたと言う。「これだ!」と進む道が決まった瞬間だった。
それまでやっていたのが振付を覚えるダンスだったこともあり、自由に表現する何でもありのダンスに最初はとまどった。「癖が付いちゃっているので、今までやってきた得意な方の動きに入ろうとする。そういうものから抜け出すには、結構時間がかかりました」と振り返る。
2019年から十勝を拠点に
札幌での活動を続けていたが、「コミュニティーが小さくなっていた」と心機一転、2019年から拠点を十勝に移した。「本当に自分のやりたいことがクリアになった」。自然が多く広がっている土地で心が洗われた。内面のみならず、ダンスも純粋な表現が増えていった。
21年に開催された東京五輪の開会式に、ダンサーの1人として出演した。20代前半の頃から付き合いのある舞踏家・平原慎太郎が開会式のダンスの振付を制作。平原から「出てくれないか」と出演依頼を受けた。「こんな機会は一生ないという気持ちで、みんな一丸となって、ものすごい気合でやった」。
2020年からのコロナ禍は活動を停滞させた。「ちょうど日本全国で、その後海外に行くツアーをやっていたけど、打ち切りになった。公演が9割9分なくなりました」。表現する場をいきなり失われた。それでもコンディションを維持するためのトレーニングや、趣味だった楽曲制作に尽力した。結果、舞台音楽などの仕事が増えるなど、今に生きている。
石積職人の一面も
また、東海林さんは石積職人としての一面も持ち合わせている。「石1個1個がエネルギーを持っている。その数が増えたときのエネルギーには圧倒される。この現代でハンマーとノミだけを使って、形を整えて、積み上げていく」と魅力を語った。石積も基本的な約束事さえ守れば、積み方は自由。そのアナログな手法へ、のめり込むのに時間は掛からなかった。
コロナ禍を乗り越え、アーティストとしての幅は確実に広がっている。「自分が拠点としている十勝での活動を増やしていきたい。これまでの活動で学ぶことはいっぱいあって、それを還元できたら」。十勝への〝恩返し〟を胸に秘め、自らを表現し続ける。
■プロフィール 東海林靖志(しょうじ・やすし) 1982年生まれ、札幌市出身。2006年に舞台活動をスタートし、13年から平原慎太郎主宰の「OrganWorks」に参加。