《元赤黒戦士の現在地・飲食店を経営する三原廣樹さん前編》プロ選手になって一番好きな街は札幌でした
歴代左足フリーキッカーの中でも見劣りしない技巧派 現在は飲食店経営する代表取締役
アシス、ウィル、ホベルッチ、上里一将、フッキ、そして現所属の福森晃斗、小林祐希。彼らは北海道コンサドーレ札幌の歴史に刻まれる左足の名プレースキッカーたちであるが、その選手たちに勝るとも劣らない強力な左足を持ち、かつては10番を背負ったこともあるMF三原廣樹(44)という選手がいた。今回の「元赤黒戦士の現在地」は、引退後のセカンドキャリアで豆腐店である実家の事業を拡大させ、現在も札幌のMF小野伸二(43)や砂川誠コーチ(45)との交流があるという三原さんを前後編2回に分けて紹介する。(以下、敬称略)
2003-05年札幌在籍 当時の担当記者もその技術に「今で言うなら福森レベル」
三原は札幌に2003年から05年まで3年間在籍。リーグ通算41試合の出場でわずか1得点だったが、札幌有数の技巧派レフティーとして強く記憶に刻まれている人は少なくないだろう。特に札幌が若手育成路線にかじを切った04年シーズン序盤、そして左ひざ前十字靱帯断裂の大けがから復活した05年シーズンは、持ち前のテクニックを発揮してチームの攻撃をけん引。当時のコンサドーレ担当記者も「今で言うなら福森レベルで、練習ではFKのゴールをばんばん決めていた」と舌を巻くほどだ。
道スポの取材を受けた三原は、「18歳からプロサッカー選手になって、一番好きな街は札幌でした。やっぱりサポーター、街の人が温かくて。今まで何チームか行きましたけど、圧倒的にアットホームというか、温かいというのが印象に残っています」と話す。
引退後、実家の豆腐店で働き「全く別の仕事にチャレンジしてみよう」と新たな旅を始める
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05年をもって札幌を退団し、当時JFLの琉球に移籍して07年シーズン限りで現役を引退。そして、ここから三原の新たな旅が始まった。第2の人生としてサッカー指導者の道を考えたこともあったが、最終的に選択したのは家業である豆腐店「三原食品」での仕事だった。
「うちの両親がまだ現役で(豆腐店を)やっていて、親父が社長、兄が製造を担当する専務だったので、その中で僕は飲食事業を立ち上げていこうということで入りました」
これまでのサッカー人生とは大きく異なる業種への挑戦。「あの時はサッカーしかしてきてなかったので、もう一度ゼロからサッカー以外の全く違うジャンル、全く別の仕事にチャレンジしてみようという思いが、一つのきっかけでした」。
居酒屋「三原豆腐店」、豆乳カフェ「TOFFEE」を経営 今では予約取れない人気店に
三原の仕事は福岡県西中洲の居酒屋「三原豆腐店」で始まった。さらに豆乳を使ったドリンクを提供するカフェ「TOFFEE」を展開。現在、居酒屋は予約がなかなか取れないほどの人気店となり、カフェは東京にも店舗を構えるほどになった。
「気づいたら十数年経っていて、今振り返るといろんなことがあったけれど、三原豆腐店というお店はいろんな方に支えられて今があるので、がむしゃらにやってきた記憶しかないですね」
最初は批判的な声も多かったが「すごい反骨心というか、絶対に見返してやる」と奮起
一番初めに福岡に出店したエリアは高級店が多く、新参者がなかなか新しい店を出せないようなエリア。「当時の僕が三原豆腐店という屋号で出店した時は、相当な批判や、『絶対に潰れる』というようなネガティブな意見がたくさん周りから聞こえてきて。その当時、直接的な名前で出すお店もまだ無かった時代だったので、『ふざけてんじゃないの』というようなことも言われたりした」
そこがターニングポイントとなった。「すごい反骨心というか、絶対に見返してやるという気持ちがありました」と、周囲からの批判の声を全く気にしなかった。「小さな町の豆腐屋がどこまで行けるか、というチャレンジ精神が根っこにあって、今もそれは変わっていない」。
チャレンジ精神はとどまることなく 海外挑戦やサッカーグッズと豆腐キャラのコラボも
そのチャレンジ精神は、豆腐店という枠組みをも大きく超えていった。18年にはタイ・バンコクに出店(現在はコロナ禍の影響で閉店)、20年にはサッカーグッズを手がける企業やデザイナーとコラボし、豆腐をモチーフとしたキャラクターのグッズ販売も開始した。
「そういったきっかけをもらえたのは、自分で言うのも何ですけど、真剣に向き合って、コツコツと一つのことをしっかりやっていったことで、ご縁をいただいたり、いろんな人に共感していただいたり、愚直に一つのことをしっかりやるということが、そういうことにもつながったのかなと思います」
現役時代を知るファンの来店に「それが何よりもうれしい」
三原の現役時代を知るファンが来店することもあるそうで、「ある時に試合で(福岡へ)見えられて、わざわざ延泊していただいてお店に来ていただいたりとか。カフェを始めた時も、たまに試合の前後に寄っていただいて、声を掛けていただいたり。この前も一緒に写真を撮っていただいて、それが何よりもうれしいですよね」。
第2の人生を順風満帆に過ごす中で、札幌での日々が一つの励みにもなっているようだ。続く後編は、選手時代の話や小野との交流についてを振り返ってもらった。